みことばの花 180629「負けて勝つ」

みことばの花180629「負けて勝つ」

「そもそも、互に訴え合うこと自体が、すでにあなたがたの敗北なのだ。なぜ、むしろ不義を受けないのか。なぜ、むしろだまされていないのか。」(Ⅰコリント 6:7)

ワールドカップサッカーでは昨晩、日本とポーランド戦が行なわれました。決勝トーナメントにつながる大切な試合で日本は0-1で敗北。気になるのが同グループでのセネガルとコロンビアの戦いの結果。しばらくは0-0でした。このままだと日本はグループ3位になり決勝進出できなくなる。もし日本が引き分けに持ち込めれば、日本とセネガルが決勝へ。コロンビアは必至に戦い1-0になった。これで日本とセネガルは横に並ぶ。そしてルールによれば、反則数の少ない日本が良い。日本の作戦は、なんと0-1のまま攻撃をストップしてコロンビアまかせにすること。こんな選択もあるのかと思いました。そしてコロンビアが勝ち、日本は薄氷の決勝進出。負けて勝った試合となりました。これを見て思いました。目先の勝ち負けよりも目標は決勝進出。これは人生にも通じるのでは…。目標がどこに設定されるかです。上記の聖句も、賢く敗北を生きる生き方が教えられています。先を見据えて泥臭く戦った西野ジャパンと重なるような気がします。

磯部豊喜

みことばの花 180628「彼は争わず」

みことばの花180628「彼は争わず」

「彼は争わず、叫ばず、またその声を大路で聞く者はない。」(マタイ 12:19)

先日、神様の顔や姿のことを書きましたが、「神様の顔はその品性」ということを書かせて頂きました。人もそうですが、真の美しさは外見にあらず人の心の状態にあると思います。4,5年前に知った「泥かぶら」という少女の話。ある村に孤児の醜い少女があって、着物はボロボロ、身体も洗わないので「泥かぶら」と呼ばれ、子供たちから石を投げられ、少女も石を投げ返すという有様で、心はあれていった。ある日少女は「美しくなりたい!」と叫んでいると老法師が通りかかり、美しくなる秘訣を教えた。一つ、自分の醜さを恥じないこと、二つは、いつも微笑むこと、三つは、人の身になっておもうこと。「泥かぶら」は激しく心を動かされ、その言葉のように生きていく。最後には、人買いに売られながらも、明るく生きる少女に人買いの心も変えていく。人買いは「仏のように美しい子よ」との手紙を残し姿を消した。さて神様の御品性を現されたイエス・キリストについて「彼は争わず」と聖書に書かれています。この品性をやさしく身に付けられたら素晴らしいと思うのです。

磯部豊喜

みことばの花 180627「人生の実力」

みことばの花180627「人生の実力」

「だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。」(Ⅱコリント 12:10)

謎解き問答を考えました。「弱い時にこそ、強いものはな~に」。それは本物のクリスチャン!上記の聖句によれば、そういうことになります。ところでこの聖句、リビングバイブルを読むと分かりやすい。「すべてはキリスト様のためであることを知っているので、その『とげ』も、侮辱も、苦しみも、迫害も、困難も、大いに喜んでいます。なぜなら、弱い時にこそ、私は強いからです。―無力であればあるほど、それだけしっかりと、キリスト様によりすがるようになるからです。」この下線部が、補足されています。「どのような状況に置かれても、そこに生きている証を読み取り、その状況を幸せだと思えるかどうかで、人生の実力が決まると思う」(柏木哲夫)と味のある言葉を知りました。「人生の実力」は、逆境をどう包み込むか。上記の御言葉を残されたパウロは、その秘訣を知っていたようです。「わたしが弱い時にこそ、わたしは強い!」と。今日も主の恵みの中でお過ごしください。

磯部豊喜

みことばの花 180626「腹が減っては…」

みことばの花180626「腹が減っては…」

「その時、民のひとりが言った、『あなたの父は、かたく民に誓わせて「きょう、食物を食べる者は、のろわれる」と言われました。それで民は疲れているのです』」(サムエル㊤ 14:28)

いまワールドカップサッカーで日本のイレブンが頑張っているようなので、日本全土が熱く燃えています。「アジア勢はワールドカップには弱い」と言われていますので、つい日本ばかりでなくアジアから出場しているチームも応援したくなります。その中で、日本と互角以上の力を持っているのがサウジアラビア。ところが地元開催国ロシアとはいえ、ずっと格下のロシアにサウジアラビアは0-5の大差で負けてしまいました。ネットの情報でその理由が分かりました。サウジアラビアがロシアと戦った日は、イスラム教の断食の日であったそうです。これでは大敗する理由も納得です。実はこちらは聖書の中に登場する本当の戦争。断食を強いて敵と戦わせたサウル王のことが書かれています。サウル王の息子はヨナタン。この王子は話の分かる人だったので、民の一人が彼に訴えます。「腹ペコでは戦えない!」と。祈るために断食を行なうことは、聖書にも勧められています。ですが、断食しての肉体活動(運動)は厳しい。ところで、主の御言葉だけは断食をせず、今日を過ごしたいものです。

磯部豊喜

 

みことばの花 180625「平和をつくる」

みことばの花180625「平和をつくる」

「最後に、兄弟たちよ。いつも喜びなさい。全き者となりなさい。互に励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和に過ごしなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいて下さるであろう。」(Ⅱコリント 13:11)

懐かしい名前の元プロ野球選手が、昨日の新聞(朝日)の第一面に出ていました。かつて広島東洋カープで活躍した兄や安仁屋宗八(あにやそうはち)氏です。今年の夏の全国高校野球は100回大会と言う記念の節目を迎えて、甲子園に出場できるチームは56チームもあるそうです。この100回は、連続行なわれたのではありません。かつて途切れてしまった時があります。「平和ではないと高校野球は行なわれない」と言われます。第1回大会から29回大会までは全国中学校優勝野球大会との名称で1915年10校でスタートし、1941年の日華事変から、太平洋戦争終結1945年まで中断となりました。1947年に再開し、1948年より全国高等学校野球選手権大会になって今に至る。キリストは「平和をつくり出す人たちは、さいわいである」(マタイ5:9)を教えられました。平和を願うことはもちろんのこと、「つくり出す」という努力は、必要なことだと思います。ノーモア、戦争!平和の主が来られるまで、高校野球が続きますように…。

磯部豊喜

 

みことばの花 180624「生きる」

みことばの花180624「生きる」

「聖書に『最初の人アダムは生きたものとなった』と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。」(Ⅰコリント 15:45)

人祖アダムは「生きたものとなる」ために神様によって造られました。昨日6月23日は、1945年のその日は、太平洋戦争末期の沖縄戦が終った日とされます。激しい地上戦で沖縄県民の4人に1人が亡くなったそうです。その追悼式では中学生の相良倫子さん(14)が平和の詩」を朗読されたとのこと。「みんな、生きていたのだ。私と何も変わらない。懸命に生きる命だったのだ。壊されて、奪われた。生きた時代が違う。ただ、それだけで。無辜(むこ=何の罪もないこと)の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴に変わった。優しく響く三線(さんしん)は、爆撃の轟(とどろき)に消えた。青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。私は、今をいきている。みんなと一緒に。そして、これからも生きていく。一日一日を大切に。平和を想って。平和を祈って。なぜなら、未来は、この瞬間の延長線上にあるからだ。つまり、未来は、今なんだ。」。この詩のタイトルは「生きる」。私も今日を、もっと丁寧な生き方をしたいと心に刻まねば…申し訳ない。

磯部豊喜

みことばの花 180623「神の御顔(みかお)」

みことばの花180623「神の御顔(みかお)」

「願わくは主がみ顔をもってあなたを照し、/あなたを恵まれるように。」(民数記 6:25)

ある方から「神様はどんな顔(姿)をしておられるのでしょうか」という質問を頂いたことがあります。その時、私は「創世記1章27節が参考になります」と答えました。「神は自分のかたちに人を創造された」(創1:27)。この聖書の記録には、人が神のかたちに創造されたという。それならば、反対に神は人の姿かたちに似ているとなります。ところで米国のクリスチャン511名を対象に「神はどんな顔をしていると思うか?」との調査がなされました。ノースカロナイナ大学チャペルヒル校の心理学者らは、数百枚にも及ぶ顔写真を2枚1組で被検者らに見せて、どちらの顔が神に近いかを選択させました。研究チームはそこから得たデーターをもとに画像を組み合わせ、一枚の顔写真を合成。その合成写真に浮かんだ顔がアメリカの実業家イーロン・マスク(46)に似ているとのこと。しかしこれは人間の想像の結果に過ぎません。神様の御顔は、その御品性の写し。それは「愛」。今日は第七日安息日。「愛の神様」を心に描いて、その御顔を仰ぎ求めたいと思います。「神は愛なり」(Ⅰヨハネ4:8)。

磯部豊喜

みことばの花 180622「大きな愛」

みことばの花180622「大きな愛」

「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。」(ヨハネ 15:13)

イエス・キリストがお語りになられたこの一句、拝見するたびに私の心は静まります。先日(6月9日夜)東海道新幹線内で女性2人が男性K(22才)に襲われました。この時、後部座席に座っていた梅田耕太郎さん(38才)が立ち上がって、それを制止したことで、梅田さんが犠牲になってしまいました。突然なことで愛する人を失われたご遺族にとって、とても悲しい出来事でした。優秀な社員を失った会社にとっても「痛恨の極み」と言われる出来事でした。私にとって気になる出来事でしたので、この新聞の記事を保管していましたが、実は、この梅田さんの知り合いの関係者からメールが届きました。梅田さんは私にも身近な人になり、キリストのように人を救済するために自らを犠牲にした結果の梅田さんの最期を考える時、上記の御言葉を思いました。この「大きな愛」を主は必ず祝福してくださるに違いないことでしょう。梅田さんご家族の上に天来の慰めがあるように、心から祈り続けたいと思います。

磯部豊喜

みことばの花 180621「備え」

みことばの花180621「備え」

「こうすれば食糧は、エジプトの国に臨む七年のききんに備えて、この国のためにたくわえとなり、この国はききんによって滅びることがないでしょう」(創世記 41:36)

「備えあれば憂いなし」と言います。今週の月曜日の朝、大阪北部を震源地として大きな地震が起きました。この地方としては阪神淡路大震災以来の地震。亡くなられた方々もあって、被災された方々に心を痛く感じます。一日も早く普通の生活を取り戻して欲しいと願います。わが国は地震大国。「明日は我が身か」と感じてしまいます。地震の備えについて考えました。かつて阪神淡路大震災を体験している人に「何が一番困りましたか」と聞いたことがあります。その時の応えは「水の確保」だと。それ以来、我が家では、風呂の湯は次ぎに入るまで流さないようにしています。そして家中にペットボトルがあります。あと必要なのは火。ポータブルのガスコンロは用意しておいたほうが良いでしょう。そして多少の保存食。ヨセフの時代、七年のききんが起きることを知ったヨセフは、エジプト王に「備え」の必要を提案し、実行しました。地震の「備え」と共に、命の備えも考えておきたい。救い主イエス・キリストを信じその教えに従うこと。さらに天国にふさわしい品性を日々求めたいと願うのです。

磯部豊喜