みことばの花 190531「死人のよみがえり」

みことばの花190531「死人のよみがえり」

「死人のよみがえりのことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、またある者たちは、
『この事については、いずれまた聞くことにする』と言った。」(使徒 17:32)  

聖書には「死人のよみがえり」のことを何度となく当然のように書いています。
それは旧約聖書<預言者エリヤが自分を助けてくれた寡婦(やもめ)の息子を死からよみがえらせた話>にもありますし、
イエス・キリストの生涯には3回ほど<ナインの寡婦の息子、会堂長ヤイロの娘、ベタニヤのマリヤ、
マルタの弟ラザロなどが死からよみがえった>あります。
またキリスト以後にも<ペテロもパウロも死人をよみがえらせている>あります。
「死人のよみがえり」で最たるものは神の御子イエス・キリストご自身の十字架の死から数えて三日目のよみがえりです。
人間にとって非常識のような「死人のよりがえり」、ですが神様にとってこれは常識。
これらを歴史的事実として信じられる人は幸いです。

磯部豊喜

みことばの花 190530「朝ごとにさまし」

みことばの花190530「朝ごとにさまし」

「主なる神は教をうけた者の舌をわたしに与えて、疲れた者を言葉をもって助けることを知らせ、
また朝ごとにさまし、わたしの耳をさまして、教をうけた者のように聞かせられる。」(イザヤ50:4)

リビングバイブルでは「神様は私に、知恵のことばを授けました。疲れ切った人に何を言ったらいいかを教えるためです。
朝ごとに、神様は私の目を覚まし、理解力を深め、みこころを示してくださいます」と訳されています。
私の担当する8回にわたる講演会が終わりました。
残すは、あと2回。明日13:30と明後日10:30に行われる小原牧師(東日本教区長)によって準備されたメッセージです。
講演会で気づいたことは、本当にこの聖句のごとくです。
この期間、毎朝4~5時に目が覚めました。
その習慣が今日も続いています。
聖書のみ言葉は常に真実です。

磯部豊喜

みことばの花 190529「父の許しがなければ…」

みことばの花190529「父の許しがなければ…」

「二羽のすずめは一アサリオンで売られているではないか。
しかもあなたがたの父の許しがなければ、その一羽も地に落ちることはない。」(マタイ 10:29)

ある本より、「がんで人は死なない。主の許しが出ない限り、人は死ぬことはない。」という言葉を発見。
これは真実だと私は信じています。
時々、医者は「余命何ヶ月」などと告知することがありますが、それは過去のデーターを見てのことでしょう。
ですが私の知る範囲では、これは決して正確だとは言い切れません。
私の知る精神科医の先生は、5年生存率0パーセントの「質(たち)の悪いがん」に侵されました。
しかし減塩食、玄米菜食中心、ニンジンジュースなどに食生活を変えました。
あれから30年を経ていますが今でも命はつながれています。
「父の許しがなければ、その一羽も地に落ちることはない」のです。

磯部豊喜

みことばの花 190528「よき師」

みことばの花190528「よき師」

「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」(マルコ 10:17) 

先日、大相撲で聞きなれない「朝乃山」という平幕力士が優勝しました。
この人の高校生時代の恩師(浦山英樹さん)のことを知りました。
2017年に40歳だった浦山さんは、がんでこの世を去りました。
ですから朝乃山の優勝を目にしなかった。
この浦山さんの手紙には「お前はよく相撲を頑張っている。俺の誇りだ。…横綱になれるのは一握り。お前にはその無限大の可能性がある。富山のスーパースターになりなさい。」
朝乃山は場所入りには必ずこの手紙を所持するという。
優秀な選手に「よき師あり」。
私の信じるキリストは人生の「よき師」。
いつも心の封筒に入れて置きたいのです。

磯部豊喜

みことばの花 190527「言葉の妙」

みことばの花190527「言葉の妙」

「人のおこないの事をいえば、あなたのくちびるの言葉によって、わたしは不法な者の道を避けました。」(詩篇 17:4)

先日の朝日新聞の天声人語は興味深い内容でした。
「あなたなら、どちらの言葉が心に響くだろうか。

A『ウソをつかないで』、
B『ウソつきにならないで』。

心理学の実験をしたところAはウソが減る効果がほとんどなかったが、Bは激減したという。
行動より人格のことを言われたほうが身が引き締まるようだ。
…『裏切らないで』より『裏切り者にならないで』。
『私の状況を理解して』より『私の良き理解者になって』…」(2019.5.24)。
なるほどと思いました。
上記の聖句にも「わたしは不法な道を避けました」との告白がなされています。
そういえば禁煙講習会で「タバコを吸わない」ではなく「私はタバコを吸わないようにしよう」と唱える場面がありました。
行動より人格を励ます言葉。まさに「言葉の妙」に触れた気がします。
今日も主の恵みがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 190526「苦闘」

みことばの花190526「苦闘」

「わたしはこのために、わたしのうちに力強く働いておられるかたの力により、苦闘しながら努力しているのである。」(コロサイ 1:29)

今講演会の真っ最中ですが、上記のパウロの言葉ではありませんが、「苦闘しながら努力?」しています。
メッセージと画像のパワーポイントの準備。
だいぶ前より準備しているにもかかわらず、何度も何度も書き直し、訂正しつつ準備しています。
そのためか肩や背中がコリコリになります。
上からの力に押されてのことだと思いますが…アイデアが浮かんでしまうのでそれが苦闘につながる。
聖書のメッセージを考えることは楽しいことです。
ですが人に伝えるとなると、やはり考えてしまいます。
困ったことに、疲れ果てて壇上に立つときはフラフラ。
これではいけないのですが…。主の守りが今日も皆様の上にありますように。

磯部豊喜

みことばの花190525「名か姓か」

「キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから――」(ローマ 1:1)

 「『シンゾウ アベ』ではなく『アベ シンゾウ』と呼んでください」―という海外メディアへの配信がなされました。
姓名といいますので姓が先。
ところで通称「イエス・キリスト」の呼び名を、あえて「キリスト・イエス」という呼び名でも語っている人物がいます。
それはパウロです。
常にではありませんが、手紙の冒頭にはこちらを多用しています。
イエスは救い主。ですが救い主イエスと呼びたかったのでしょう。
今日はキリスト・イエスにお会いする第七日安息日です。
ハッピーサバス!

磯部豊喜

みことばの花 190524「酒」

みことばの花190524「酒」

「酒は人をあざける者とし、濃い酒は人をあばれ者とする、これに迷わされる者は無知である。」(箴言 20:1)

昨日の朝、一人のロシア人女性モデルが石像の鼻をトンカチで壊す様子がSNS配信されていました。
これは考えられない悪ふざけなのですが、この一つの行為のために、彼女はモデルを廃業に。
「酒に酔ってこんなバカなことをしてしまった。心から反省しています。」と頭をさげたようですが、
上記の聖句にあるように酒のために人生を台無しにしてしまう人が後を絶ちません。
私は21歳にクリスチャンになって以来、酒を避け?る生活をしています。
肝臓や脳にダメージを与えないので、こういう生活はなかなかいいものです。
私にとってバイブルは酒に勝るもの。天国は酒のない処。
今日も主の恵みにより良き選びが出来ますように。

磯部豊喜