みことばの花 190831「あなたはよくなった」

みことばの花190831「あなたはよくなった」

「そののち、イエスは宮でその人に出会ったので、彼に言われた、『ごらん、あなたはよくなった。
もう罪を犯してはいけない。何かもっと悪いことが、あなたの身に起るかも知れないから』。」(ヨハネ 5:14 口語訳)

病む者にとって「あなたはよくなった」と言われることほど嬉しいことはありません。
イエス様のこの言葉を受けた人は、38年もの間、病気のために横になっていた人。
彼はキリストによって38年ぶりに立ち上がることが出来ました。
病は気からと言われますが、彼の病には原因があったようです。
それは不摂生だったのかも知れません。
しかし主が彼に正している言葉は「もう罪を犯してはいけない」です。
罪は心身に大きな影響を与えます。
ところでこのキリストの癒しは第七日安息日になされました。
実に安息日は心身の癒しの日でもあります。

磯部豊喜

みことばの花 190830「痛み止め」

みことばの花190830「痛み止め」

「あなたの心から悩みを去り、あなたのからだから痛みを除け。…」(伝道の書 11:10口語訳)

今日は私ごとで失礼します。
今週、月曜日の夜のことです。足の先に何とも言えない鈍痛の兆しを感じました。
その症状は懐かしい痛みの始まりです。
翌朝、「やはり」とその痛みの正体が明らかになりました。
それは「痛風」です。ここ2年間、「痛風発作」は薬のお陰で起きることがなく薬様々でした。
ところが薬を飲んでいるにも関わらず、忘れていた「痛風発作」。
火曜日の夜は激痛に成長。
痛みで眠ることが出来ない。
最後の手段である座薬を処方。翌朝、痛みは軽くなっていました。
痛みが除かれるということは嬉しいことです。
体の痛みもそうですが、心の痛みはキリストのところへ持っていくと軽くなります。
キリストは心の痛み止め。
心の痛みを感じる時、イエスの名によって祈ってみてください。
今日も主の恵みがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 190829「アマゾンの火事」

みことばの花190829「アマゾンの火事」

「万軍の主は言われる、見よ、炉のように燃える日が来る。…」(マラキ4:1 口語訳)

ここのところアマゾンの大森林(総面積約700万平方キロメートル)が燃えているという。
アマゾンは世界最大の熱帯林で、日本列島の20倍近くもの広さだそうです。
30年以上前から続く乱開発によって、2030年までに60%の森が消滅または破壊されるという報告があります。
真意は別として「アマゾンは地球の肺では?」と考えている人もいます。
ところでアマゾンの火事よりも、世界を包み込む火事が起こることを聖書は予告しています。
それが上記のみ言葉です。
「炉のように燃える日が来る」。罪と罪人がその火に燃やされる。
ですが主に仕える人は、そこから逃れることが出来るのです。
「しかし、主の日は盗人のように襲って来る。
その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。」(Ⅱペテロ3:10 口語訳)
というみ言葉も合わせて覚えておきたいのです。

磯部豊喜

みことばの花 190828「これまでになかった」

みことばの花190828「これまでになかった」

「この人の語るように語った者は、これまでにありませんでした」(ヨハネ7:46 口語訳) 

今日のラジオからは、九州北部を襲っている大雨の報告が流れています。
そしてその中に「これまでになかった」という言葉が。
「これまでになかった大雨です」。
1時間に120ミリもの大雨。
地盤が緩み、人に災害が及ばぬように祈ります。
ところで上記の御言葉にも、「これまでになかった」という言葉が登場します。
ユダヤの宮の大きな祭りの最中で、イエス・キリストを逮捕するために行った祭りの警備員のもらした言葉です。
捕まえに行った人が、逆にキリストの言葉に心を打たれました。
私も人の心を癒す「これまでになかった」イエスの御言葉に触れ続けたい。
主の守りが今日もありますように。

磯部豊喜

みことばの花 190827「神の性質にあずかる」

みことばの花190827「神の性質にあずかる」

「また、それらのものによって、尊く、大いなる約束が、わたしたちに与えられている。
それは、あなたがたが、世にある欲のために滅びることを免れ、神の性質にあずかる者となるためである。」(Ⅱペテロ 1:4  口語訳)

「今日は何の日?]に、「国民的映画『男はつらいよ』の第一作が公開された日」という言葉がラジオに流れていました。
新聞には「寅さんなら、今の日本社会をどうみるだろう」とありました。
さて上記に「神の性質にあずかる者」という言葉があります。
こういう質問を自分にしてみたい。
「イエスさまなら、私の今日をどう生きられたか」。
こういう質問を投げかけつつ、神の御言葉に聞いてみるのです。
「一つ一つの試練に対するイエスの答えは『…と書いてある』であった」(エレンホワイト『ミニストリー・オブ・ヒーリング』p156)とある。
「神の性質に預かる者となる」ことは夢ではない。
今日の主の守りがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 190826「キリストと同じ生涯」

みことばの花190826「キリストと同じ生涯」

「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。」(ローマ12:15  口語訳) 

この聖句に関するコメントを今日は紹介します。
「わたしたちは生まれながらに自己中心で、自分の意見を通そうとする。
しかし、キリストが教えんとお望みになっている教訓を学ぶとき、キリストの性質をもつ者となり、
したがってキリストとおなじ生涯を送る。
キリストのりっぱな模範、泣く者と共に泣き、喜ぶ者と共に喜び、他人の気持ちに自らなられたところの、
比類のない優しさが真心からキリストにしたがうすべての人の性格に深い感化を及ぼすに違いない。
そう言う人は親切な言葉、行動によって疲れた者の道を平易にしようと努力する」(エレンホワイト『ミニストリー・オブ・ヒーリング』p130)。
「キリストと同じ生涯を送る」、このような奇跡が私に起きるようにと祈りたい。
今日の主の恵みがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 190825「愛の穂を育てるもの」

みことばの花190825「愛の穂を育てるもの」

「地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実ができる。」(マルコ4:28 口語訳)

ここには地の実がどのようにして実るかが紹介されています。
その内容は単純で分かりやすい。
キリストが語られる時に、重みがぐっと増します。
これは麦の穂を指さして言われたのかも知れませんが、麦の穂ができるには順番があります。
まず麦の穂はすぐには出来ない。
この麦の穂を「愛の穂」に替えてみるのも良い。
「愛」を嫌う人はいないでしょう。
ですが「愛はなかなか育ちにくい」。
ところで「麦の穂」はどうして育つのでしょう。
そのカギは「地」です。「地」につながってさえいれば麦は育つ。
「愛の穂」も同じで愛なるお方、キリストという地につながれば育つのです。

磯部豊喜

みことばの花 190824「肉の人」

みことばの花190824「肉の人」

「あなたがたはまだ、肉の人だからである。
あなたがたの間に、ねたみや争いがあるのは、あなたがたが肉の人であって、普通の人間のように歩いているためではないか。」
(Ⅰコリント 3:3  口語訳))

一般に「肉の人」というのはキリストを心に持っていない人を指す言葉です。
しかしクリスチャンになった人にもこの言葉が使われています。
もし「ねたみや争い」の心に支配されてしまうと、それは「肉の人」。
ではなぜ人は「ねたみ」「争う」のでしょうか。自我というものが死にきっていないからです。
自我が死にきらないと、人の心に「ねたみ」「争い」が生まれます。
この肉の心をキリストの十字架と共に張り付けなさいと御言葉は教えます。
今日は安息日、キリストの愛に満たされたいものです。

磯部豊喜

みことばの花 190823「負けて勝つ」

みことばの花190823「負けて勝つ」

「そもそも、互に訴え合うこと自体が、すでにあなたがたの敗北なのだ。
なぜ、むしろ不義を受けないのか。なぜ、むしろだまされていないのか。」(Ⅰコリント6:7  口語訳) 

2019年夏の高校野球大会が履正社高校(大阪)が,星稜高校(石川)を破り夏のドラマを終えました。
この両校の戦いの裏に、春の選抜大会で両校は対戦しこの時、履正社は星稜高校に0-3での敗北経験があった。
この敗戦が履正社を強くし、この夏で両校が決勝でぶつかる。
このような対戦自体が奇跡のようですが、「打倒星稜」を胸に履正社の球児は強くなった。
この事実は「時に人生は負けることも大切だ」と教えてくれます。
ところで上記の御言葉は、人生の本当の敗北と勝利を教えているような。
「不義を受ける。だまされること」、これは敗北の選択。
しかし自らそれを選べる人は本当に強い人だと思います。
今日も主の守りがありますように。

磯部豊喜