みことばの花 200915「上を向いて」

みことばの花 200915「上を向いて」

「しかし、彼は聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。」(使徒 7:55 口語訳)

韓国のアイドルグループBTSの新曲が、アメリカで真の人気をはかると言われる米ビルボード・シングルチャートの1位になり韓国人アーティストでは初の快挙とのこと。
この賞は特別に栄えあるものでアジア出身歌手では57年前に坂本九さんの「上を向いて歩こう」以来だといいます。
当時の米国では「SUKIYAKI(すきやき)」というタイトルに名を変えて人気を得ました。
さてこの「上を向いて歩こう」から、私が思い出したのが上記の聖句です。
これはステパノというキリスト信者が、ユダヤ人たちに迫害され石打ちにあった時の描写です。
死を直前にして、ステパノがとった行動は「上を向き、天を見つめること」でした。
こうして彼は天の王の王イエスを見たのです。人生の苦しみ、悲しさを越える生き方のお手本がここにあります。
「上を向いて(天を見つめて)」歩いてみませんか。

磯部豊喜

みことばの花 200914「~のために」

みことばの花 200914「~のために」

「だから、飲むにも食べるにも、また何事をするにも、すべて神の栄光のためにすべきである。」(Ⅰコリント10:31 口語訳) 

今朝、聖書の中から「~のために」という言葉を調べてみました。この言葉は、数えきれないほどありました。
人の生活には暗黙のうちに「~のために」行っていることが、あふれるほどにあるということでしょう。
朝目覚めるところから「~のために」が始まります。ただここで考えたいのは、それが「自分のために」行うのか、「誰かのために」行うのか。
自分の行動の一つ一つは果たして「何のために」行っているのか。
「~のために」を区別して数えてみると、自分のためにが大半を締めるような気がします。
生活上仕方がないことですが、少しでも意識して「隣人の祝福のために」行えたら素晴らしいことだと思います。
上記の聖書の言葉は、イエスに出会って生き方がまったく変えられたパウロの言葉です。
彼は常に「神の栄光のために」を意識する人でした。
私も「何事をするにも、すべて神の栄光のために」と言い放つ、そういう生き方に近づけたらとなお幸いと思うのです。

磯部豊喜

みことばの花 200913「土作り」

みことばの花 200913「土作り」

「ほかの種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。」(マタイ 13:8 口語訳)

毎朝の犬の散歩コースで、気になる家の庭。そこには大きなプランタンがいくつも置かれ、立派な茄子やピーマンが大きく実っています。
今朝、その家のご主人が水を撒いていましたので挨拶をし、声をかけさせて頂きました。
「こんなに立派な野菜をどのようにしてお作りになられたのですか」。この方から土作りや水やりや野菜の管理など、いろいろと聞かせて頂きました。
特に土作りを中心に、味の良いものを作るために取り組んでいることが分かりました。
固くて実りの小さい野菜のなる私のプランタン畑とは雲泥の違い。
10年間失敗の果て、培養土に鶏糞、その他いろいろと試み、このようなプランタンが完成したとのことです。
土作りが野菜成長の鍵。お話を聞き、同様に私の心の成長にも、心にどんな栄養を与えるか。
「これが鍵だな~」、と深く教えられその方の家を後にしました。
今週も心の土作りに励みたいと思います。

磯部豊喜

みことばの花 200912「狂う」

みことばの花 200912「狂う」

「そして、イエスのところにきて、悪霊につかれた人が着物を着て、正気になってすわっており、・・・」(マルコ 5:15より 口語訳)

コロラド州デンバーの気象状況を聞いてびっくりしました。猛暑の後に雪が降ったというのです。前日は摂氏30度以上、ところがその翌日は3度。
まさにいま地球は狂っています。いえ狂っているのは地球だけではない。その住民も…。
社会貢献をしていた有名人が違法大麻を扱って逮捕されたり、航空機に乗った人が機内が暑いからといって身勝手にも非常扉を開けて翼の上を歩いたり。
地球も地球人も何か変です。
ですが、狂った者でさえ正気に導くイエス・キリストこそ、この地球と地球人を癒すお方は他にはいないと私は固く信じるのです。

磯部豊喜

みことばの花 200911「レッツ・ロール」

みことばの花 200911「レッツ・ロール」

「わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。」(Ⅱコリント12:10より 口語訳)

今日は9.11。2001年のこの日、アメリカ同時多発テロ事件が発生しました。
ハイジャックされた旅客機の、うち3機は世界貿易センタービルやワシントンの国防総省に衝突。死者約3千人、負傷者は6千人以上。
あと一機(ユナイテッド航空93便)は乗客の反撃によって「Let‘s Roll(さあ、やろう)」の合図に墜落。
テロリストの目標とされた場所(米国議会議事堂かホワイト・ハウス)に行けなかった。
そのテロリストに立ち向かった乗客のリーダーは敬虔なクリスチャン(トッド・ビーマー)という。
彼らは亡くなったが、この出来事は多くの人々を危険から救ったという。クリスチャンは人の目には弱く見えるかも知れません。
ですが自分の弱いことを知っている人は、主を見上げて強くされる。
今日も主の恵みがありますように。

磯部豊喜
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9/12(土)ライブ配信 URLです。
安息日学校(聖書の学び) URL 9月12(土)10:00  第三期SSガイド 11課「イエスの物語を伝える」 磯部豊喜
https://youtu.be/sEFqAdhKLYo
礼拝説教 URL 9月12(土)11:00 説教題「ユダにはなるまじー副題:なぜイエスの弟子イスカリオテのユダは主を裏切ったのか?」 磯部豊喜
https://youtu.be/XzP_ZU9O6yU

みことばの花 200909「悲しみの人」 

みことばの花 200909「悲しみの人」 

「彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。」(イザヤ 53:3 口語訳)

私どもの人生は、悲しいことがあまりにも多いと思います。
ある人は愛する夫、他の人は妻に先立たれたり、また「親の心、子知らず」で、大きくなった子からは連絡も途絶えてしまったり…。
自分自身も予期しない難病にかかったり、末期がんの宣告を受けたり…。
そのような悲しみを背に負う私どもの傍に、その悲しみを共に負い涙してくださるお方がいるというのはとても心強いことです。
さて、上記はメシア預言と言われる聖句の一節です。こういうメシアが人類のために登場すると聖書は予告するのです。
「彼は…悲しみの人で、病を知っていた」。この聖句は、イエス・キリストにおいて見事に成就しました。
確かにイエスは「悲しみの人」でした。主は私の悲しみ、あなたの悲しみ…全部ご存知です。
このお方を見上げて今日も歩きたいと思います。

磯部豊喜

みことばの花 200908「共にいて欲しいお方」

みことばの花 200908「共にいて欲しいお方」 

「わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。
わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう」。」(創世記 28:15 口語訳)

一昨日の土曜日に私が向かった遠出先は静岡教会。静岡には4年間ほど滞在し今から21年前に離れた地です。
ですがその後数回、行ったことがありましたが、今回は約10年ぶり。当初の訪問予定は6月2日でしたが新型コロナのために9月5日に変更。
3ヶ月を経ても、新型コロナはまだ変わらず。煩わしい新型コロナですが、この予防制限の中で旧交を温めることが出来ました。
新型コロナは当初、空気中にピラニアが舞っているような感覚に襲われましたが、
新型コロナも賢くて、人が死ぬと自分も死ぬので、最近は極力「With人」として生きているような…。
ですが私の共生したいのは上記の聖句にあるお方です。
このお方は、「どこへ行くにもあなたを守り」「決してあなたを捨てず」と語ってくださいます。

磯部豊喜

みことばの花 200907「眠ることもできない」

みことばの花 200907「眠ることもできない」

「わたしのことを言えば、昼は暑さに、夜は寒さに悩まされて、眠ることもできませんでした。」(創世記 31:40 口語訳)

ここに「眠ることもできません」とあります。
ヤコブは旧約聖書に登場する人ですが、ヤコブの妻たち(レアとラケル)の父に対し、これまでの思いを赤裸々に訴えた言葉です。
私も昨日は別の立場で「眠ることもできません」という体験をしました。
ヤコブの場合は心身の苦労故、「眠ることもできません」と語ったのですが、
私は遠出をしその帰路、高速道路を運転しましたので「眠ることもできません」となりました。
高速道路はパーキングが少ないところもあり、そこで睡魔が襲ってくると悲惨です。
何度となく「えい!」とホッペをひっぱたき、次のパーキングエリアまで頑張りました。
さて聖句のヤコブのように人生には「眠ることを許さない」事があります。
そのために人は疲れ果てる。そういう時、どう乗り越えていけるのか。そのカギはヤコブが紹介しています。
「神はわたしの悩みと、わたしの労苦とを顧みられて…」。
私の悩みや労苦を顧みてくださるお方を知ることは何と心強い事でしょう。

磯部豊喜

みことばの花  200906「信じます!」

みことばの花  200906「信じます!」

「では、なんと言っているか。『言葉はあなたの近くにある。あなたの口にあり、心にある』。
この言葉とは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉である。」(ローマ 10:8 口語訳 )

「信仰の言葉を語ることと、不信の言葉を語るのとどちらが良いでしょうか」と語りたくなる人がいます。
「信じます!」と言えばよいのに、「信じられません!」と語ることが優秀な人の言葉であるかのように錯覚してしまっている人がいます。
人は一度口に出すと、その口の虜になってしまう恐れがあります。
上記に「わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉である」とありますが、分かりやすく言いますと、「はい、信じます!」と答えることです。
イエスは「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。」(マタイ18:3 口語訳)と言われましたが、
幼な子の特長の一つは「信じます!」と素直に言えることではないかと思います。
今日も主の恵みがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 200905「口に出すもの」

みことばの花 200905「口に出すもの」

「だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼の御名をたたえるくちびるの実を、たえず神にささげようではないか。」(ヘブル 13:15 口語訳)

「口に出す言葉は、自分自身に戻って来る」は至言です。心に思ってしまうことは止めようがありません。
ですがそれを口に出すか、出さないかは選ぶことが出来ます。
マイナスな思いに囚われても、口から出す言葉ではそれをプラスの言葉に変える。
こういう言葉を組み立てる匠になれたらどんなに良い事でしょう。
「なんと短気な人」と思うとき「情熱的だね」と言う。「やるが気ない」と思う時、「慎重なんだ」と言う。
「辛い」と思う時「これも良い経験だ」と語る。「不満いっぱい」と思う時、「賛美してみよう」と言う。
口に出すものを注意しよう。そうすればきっと明るく生きれるに違いない。
今日は聖なる安息日(サバス)、ハッピーサバス!と語ってスタートするのです!

磯部豊喜
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9/5(土)ライブ配信 URL です。今回のメッセンジャーは、千葉教会の吉田敏英長老です。
安息日学校(聖書の学び) URL 9月05(土)10:00 第3期10課「関りを持つための刺激的な方法」 吉田敏英
https://youtu.be/NB9m4gisMuM
礼拝説教  URL 9月05(土)11:00 説教題「恵みの安息日」 吉田敏英
https://youtu.be/qXB5y3G2pQ0