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みことばの花 200523「結果」
みことばの花 200523「結果」
「よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、
悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。」(士師記 18:6 口語訳)
この話はキリストのたとえ話の一つ。迷子になった小羊を探し求めてそれを見いだした羊飼いの話です。
物語には、起承転結がありますが、見事にそれが構成されています。
「あなたがたのうちに百匹の羊を持っているものがいたとする」(起=話の始まり)、
「その一匹がいなくなったら」(承=話の続き)、
「九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。」(転=話の変化、逆転)、
「そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、
『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。」(結=話の結果)。
その結果に注目したい。私どもに人生にも同様のことが起こる。結果をしっかりと見据えて行きたい。
今日のライブ配信もこの聖句を取り扱う予定です。
磯部豊喜
・・・・・・・
新型コロナによる緊急事態宣言が徐々に解除されてきています。関東の4都県はまだですが、あともう一歩!
本日5月23日(土)のライフ配信URLを送ります。どうぞ開いてみてください。
※時間外でもOKです。また過去のものはSDA千葉教会にアクセスして視聴が出来ます。
安息日学校(聖書の学び) 10:00 聖書をいかに解釈するか ⑧「天地創造―基礎としての創世記(その1)
https://youtu.be/i_jaXW3d9n8
礼拝説教 11:00 「私は迷子だった」 磯部豊喜
https://youtu.be/DSIbUyMTMZI
みことばの花 200522「やさしくふるまう」
みことばの花 200522「やさしくふるまう」
「むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。」(Ⅰテサロニケ2:7 口語訳)
わたしが結婚を考えている人のカウンセリングをするとき、これから人生を共にする二人に質問することがあります。
それは「どうして二人が出会ったのか」、ではなく「どうしてあなた方は自分と生涯を共に歩む相手がこの人だと思うのですか?」
するとかなりの高率で返ってくる答えは、「彼はやさしいから」「彼女はやさしいから」。
人はやはり「やさしさ」に心の拠り所を持つのだと思います。
上記はパウロが人と接する時に心掛けていたことは「やさしくふるまう」事であったようです。
人はさみしい心を持っていると思います。その心を温める、そういう人になれたら素晴らしいですね。
パウロのごとく「やさしくふるまった」と言えるような人になりたいものです。
今日も主の守りがありますように。
磯部豊喜
みことばの花 200521「エレイネ」
みことばの花 200521「エレイネ」
「その日、すなわち、一週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人をおそれて、自分たちのおる所の戸をみなしめていると、
イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、『安かれ』と言われた。」(ヨハネ 20:19 口語訳)
今朝は、新約聖書に登場する「平安」を紹介したいと思います。
新約聖書はギリシャ語で書かれていますが「平安」は「エレイネ」という言葉です。
さて、弟子たちは「ユダヤ人をおそれて」いました(自分たちの師であるキリストが十字架に架けられて殺されたゆえ)。
心が不安に満ちていたその時に、十字架にかかって死んだはずのキリストが、何と閉まっているはずのドアを越えて入り「安かれ」と語られます。
この出来事は弟子たちを驚かせたことでしょう。
しかし確かに主イエスであると確認できた時、弟子たちは喜びと平安に満たされます。
「主は生きておられる」。この感動は、キリスト教が全世界に広まる導火線になりました。
今日も生ける主の平安がありますように。
「エレイネ(平安)」の主は今もいつも私のそばにいてくださいます。
磯部豊喜
みことばの花 200520「シャローム」
みことばの花 200520「シャローム」
「彼にこう言いなさい、『どうぞあなたに平安があるように。あなたの家に平安があるように。またあなたのすべての持ち物に平安があるように。」
(サムエル上 25:6 口語訳)
上記には「平安があるように」という言葉が連呼されています。
イスラエル初代の王サウルに追われる身になっていたダビデがその危機ゆえに、ナバルという人に贈り物を懇願し家来を差し向けた時の言葉でした。
しかし強欲なナバルはこれを冷たく断ります(妻のアビガイルはダビデを助けました)。
「平安」と訳された言葉の原語は「シャローム」。「シャローム」とは他に「平和」とか「やすらぎ」とも訳せる言葉です。
イスラエルでは、挨拶に交わされる言葉。この「シャローム!(平安があるように)」は、現在の私たちが求める言葉でもあると思います。
新型コロナは、私どもの心から「平安」奪っているような気がします。
真の平安はどこから来るのか。天地を造られた愛の神から来ます。
日々「シャローム」の心でいたいものです。
主の平安が今日もありますように。
磯部豊喜
みことばの花 200519「敵に勝利!」
みことばの花 200519「敵に勝利!」
「また、悪魔に機会を与えてはいけない。」(エペソ 4:27 口語訳)
上記の聖句は、私の人生において思い出のみ言葉の一つです。
かつて人間関係に行き詰った時、この聖句は私を救い、平和な心に導いてくれました。
私はクリスチャンになって、まだ日の浅い頃、ある人と深い心の溝が生じた時がありました。
その日は、穏やかならぬ一日を過ごしました。私はその人に対し怒っていました。
しかしよくよく考えるとその人とのすれ違いが起きた原因は、実は私自身にあったと気づいたのです。
この時「悪魔に機会を与えてはいけない」という聖句が、私の心に強く迫ってきた。
勇気をもって相手に「謝る」ことが出来ました。その後、その人との関係が修復されたことは言うまでもありません。
この時、「心を揺さぶる敵に勝利した!」、という平和な思いに満たされたのでした。
今日も主の恵みがありますように。
磯部豊喜