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みことばの花 200528「いずれまた」

みことばの花 200528「いずれまた」

「死人のよみがえりのことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、またある者たちは、『この事については、いずれまた聞くことにする』と言った。」。
(使徒 17:32 口語訳)

「善は急げ」といいます。
ですが今その善に巡り合っていても、人はそれを善なる事とは思わず、善にあずかることを先へ延ばすことがあります。
上記の聖句はその一つかも知れません。
パウロがギリシャのアテネに滞在している時、天地創造の神がおられること、また死後に復活があるという話をしました。
最初のうちは面白がって聴いていたのですが、最後は「いずれまた聞くことにする」と言ってパウロの善なる話をさえぎってしまいました。
パウロは「永遠のいのち」の希望を語っていました。
しかし神の善き光をおとぎ話のように受け止める人は、この時代のアテネの人々ばかりではない。
善いことを知ること、善い事に取り組む機会は二度と来ないかも知れない。
今を大切に生きたいと思う。

磯部豊喜

みことばの花 200527「不思議なみわざ」

みことばの花 200527「不思議なみわざ」

「彼は大いなる事をされるかたで、測り知れない、/その不思議なみわざは数えがたい。」。(ヨブ 5:9 口語訳)

最近私は人との出会いに「偶然」はないと考えるようになってきています。
「奇遇」という言葉があります。
「思いがけないめぐりあい」という意味ですが、昨日の続きになりますが、
Kさんのご主人様は昔21歳の時に木更津教会でバプテスマを受け、後に名古屋出身のKさんとご結婚。
実は私も21歳の時に木更津教会でバプテスマを受け、後に名古屋出身の家内と結婚しました。確率にすると非常に低いと思います。
そして千葉教会に導かれてKさんご夫妻とお会い出来ました。このような巡り合わせが、意外と私の身に起こります。
「偶然」といえばそうなりますが、人との出会い、巡り合わせに上記の聖句のごとく神様の不思議なみわざを感じます。
主が今日も不思議をお恵みくださいますように。

磯部豊喜

みことばの花200526「清くなるため」

みことばの花200526「清くなるため」

「神がわたしたちを召されたのは、汚れたことをするためではなく、清くなるためである。」(Ⅰテサロニケ 4:7 口語訳)

キリスト者になるということは、素晴らしいことだと私は信じています。
キリスト者で誇れることは、何か。それはイエス・キリストという清らかな方を知っていることです。
先週、千葉教会員のKさんのご主人様がお亡くなりになり、昨日告別式の司式をさせて頂きました。
Kさんのご主人様もクリスチャン。ずっと体調を崩しておられた奥様の介護に付きっきりの晩年を過ごしておられました。
私が家にお訪ねしますと、いつも変わらぬ態度で、やさしく歓迎してくださいました。
そういう優しく愛妻家のご主人様でしたから、この方のお宅にお訪ねすることは私の楽しみの一つでした。
こういう方の告別式を終えて、私も司式をする身ながら教えられました。
「清くなるため」、というキリスト者としての人生目的を再確認したのです。

磯部豊喜

みことばの花 200525「夜いかに過ごすか」

みことばの花 200525「夜いかに過ごすか」

「眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。」(Ⅰテサロニケ 5:7 口語訳) 

長かった緊急事態宣言の解除が今日正式に発表されるようです。
これまで自粛ムード一色でしたが、これから徐々に解消されていくと思います。
ですがまだ新型コロナは完全に日本から、世界から消えてしまったわけではありません。ここに注意が必要。
そこで一番気になるのが、夜をどう過ごすか。上記の御言葉は、夜酔う人への警告かも知れません。
私は「酒は避け?たほうが絶対に良い」と考える一人です。
アルコールは心を司る脳にすぐに達して精神的にいたずらをします。また肝臓にも負担を与えます。
酒が入ると、気が晴れて良いコミュニケーションが図れると世間は言います。
ですが酒を飲まなくても良いコミュニケーションは十分に可能です。
問題は、夜どのように過ごすか。夜はしっかりと眠れば、翌日に良い目覚めができるでしょう。
私は酒の代わりに、心をさわやかにしてくれる「聖書の御言葉を味わう」ことをお勧めします。
今日も主の守りがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 200524「確かな相談相手」

みことばの花 200524「確かな相談相手」

「主よ、どうぞわたしにみ心を留め、わたしの訴えをお聞きください。」(エレミヤ18:19 口語訳) 

上記は旧約聖書に登場する預言者エレミヤの言葉です。
エレミヤは、真実に神の言葉を語ったゆえに、それを良く思わない人々からひどい仕打ちを受けます。
「彼らは言った、『さあ、計略をめぐらして、エレミヤを倒そう。
祭司には律法があり、知恵ある者には計りごとがあり、預言者には言葉があって、これらのものが滅びてしまうことはない。
さあ、われわれは舌をもって彼を撃とう。彼のすべての言葉に、心を留めないことにしよう』。」(同18:18 口語訳)と。
このような圧迫を受ける時、人の心は意気消沈することがあります。
ですが、エレミヤの強みは、気持ちを訴えることのできる確かな相談相手があった事。
すべてのことをご存知の相談相手を持つ人は幸いです。
今日も主の恵みがありますように。

磯部豊喜