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みことばの花 180829「手入れ」

みことばの花180829「手入れ」

「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。」(ヨハネ 15:1)

一昨日、知人のぶどう農家を訪問して、ぶどう園の仕事をお聞きしました。今最高級のぶどうと言われる「シャインマスカット」の園を拝見。薄い緑の皮に包まれたぶどうはとても甘く絶品ですが、一粒で4~5センチにも実ります。それが40粒くらい集まって一房。説明によれば小さい頃は200粒くらいあるそうです。それを毎日毎日、一房の中で間引きをするそうです。スキマを作りながら大きな粒のぶどうが完成するというのです。その手間隙を考えると気が遠くなる。話を聞きながら、上記のキリストのみことばを思い出しました。上記も続きは、「わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである」(2節)とあります。「手入れ」を施されたぶどうの実のように、神様の御手は私たちにも手入れをしてくださいます。時にそれは試練とか、辛苦(しんく)という方法で…。人生の苦しみや試練さえ、「私の品性の実を結ぶための」神の愛のわざだと受け止められたらきっと良いのだと思います。

磯部豊喜

みことばの花 180828「今もなお語る生き方」

みことばの花180828「今もなお語る生き方」

「信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。」(ヘブル 11:4)

その人はもはやいない、しかし今も生きているというものがあります。その一つは、漫画。昨日、「ちびまるこ」で有名な漫画家の「さくらももこ」(ペンネーム)さんが乳がんのために53歳の人生を終えられたと報道されていました。「ちびまるこ」は、あの長谷川町子さんの「さざえさん」のように、作家がいなくなっても、ストーリーは続くのかも知れません。それにしても漫画のキャラクターの特徴は、年を取らない。子供はいつも子供のまま。年を取り、やがて老化して、最後は死に向かう人間にとって漫画は理想の世界なのかも知れません。ですが漫画の世界ではなくたとえ死んでも、ずっと語り継がれるものもあります。それはその人の生き方。アベルという人は、人類最初の夫婦、アダムとエバの生んだ息子の一人でした。ところが彼は、兄のために絶命。しかし彼の真実な信仰姿勢は現代の21世紀にまで、聖書に記録されて語り継がれています。死んでもなお語る…そういう生き方が出来れば幸いです。

磯部豊喜

みことばの花 180827「マナ3」

みことばの花 180827「マナ3」

「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。」(黙示録 2:17)

一昨日、昨日と「天から下ってきたマナ」のことを考えました。最初の「マナ」は食物のない荒野で命をつなぐために神はその愛するイスラエル民族に与えたパンでした。それは後に、人類に与えられる神の御子であり救い主なるイエス・キリストを象徴していました。イエス・キリストは全人類の救い主として天から下りてきました。その結果、全人類を救う道が開かれました。ただこの事実は、全人類が無条件で救われて天国とか永遠の命に入るというものではありません。人は勝利を得なくてはならないと聖書に書かれています。勝利とは何でしょう。救い主を与えてくださった愛の神様を心に受け止めるか、受け止めないか。神様が与えてくださった救い主を信じて歩むか歩まないかです。私たちの魂の敵(サタン)は、救い主に目を向けさせまいとしています。悲しむべきことに多くの人々は、このために救い主に目を向けることが出来なくなっています。しかし勝利を得る者は、「隠されているマナ(キリスト)」を受けることが出来ます。キリストこそ我が命です。日々キリストを求めて歩みたいと思います。

磯部豊喜

みことばの花 180826「マナ2」

みことばの花180826「マナ2」

「わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である」(ヨハネ 6:51)

上記のみことばの直前の言葉はこうです。「あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない」(ヨハネ6:49,50)。昨日、イスラエル民族の荒野生活において天から降ってきたマナのことを紹介しました。実は、この天から降ってきたマナを指して、キリストは「わたしは天から下ってきて生きたパンである」と言われました。そして「それを食べる者は、いつまでも生きる」とも言われます。「いつまでも生きる」とは「永遠の命が与えられる」ということです。昔、秦の始皇帝は「不老長寿の薬」を求めて、多額の資金を使ったといいます。ただ彼の願いはかないませんでした。ですがここに真の「不老長寿の薬」があります。それはイエス・キリストです。イエス様を信仰によって食べる(受け止める)人は、いつもでも生きることができます。今日も主の祝福がありますように。

磯部豊喜