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みことばの花 180907「涙の川」
みことばの花180907「涙の川」
「わが民の娘の滅びによって、わたしの目には涙の川が流れています。」(哀歌 3:48)
西日本豪雨災害、台風21号の爪あと、そして北海道の大地震…。わが国日本は、まさに災害大国。災害にみまわれる数では世界では第4位とのこと。先進国の中では堂々の1位。どんなに整備されていても、建築基準を高くしても、家は倒壊し、道路は波打ち、災害によって命を閉じる人が後を絶たない。自然災害の前に人は無力です。生き埋めになった家族のために涙を流す身内の方々の心労と悲しみが伝わって来ます。「わたしの目には涙の川が流れています」と哀歌の著者は書きましたが、私の心も同様です。「わたしは何のために生きているのか…」という問いが、災害のたびに問われます。「見よ、あなたがたは喜び楽しみ、牛をほふり、羊を殺し、肉を食い、酒を飲んで言う、『われわれは食い、かつ飲もう、明日は死ぬのだから』」(イザヤ22:13)という言葉がありますが、これでは人生は空しい。死の彼方にある愛の世界、キリストがつくられる天国を思いたい。死も涙もない天国を。今日も主の守りがありますように。
磯部豊喜
みことばの花 180906「突如」
みことばの花180906「突如」
「人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。」(Ⅰテサロニケ 5:3)
ここ数日、台風21号に気持ちが集中していましたが、何と今朝(けさ)は北海道厚真町(あつまちょう)の近くを震源に震度7という大地震が起きてしまい、北海道全体が被害を受けてしまいました。札幌付近が地震に遭遇する可能性は0.3%程度でした。ところがそのような確率をあざ笑うかのように、この大地震が…。私も札幌にかつて住んだことがありましたので、他人事とは思えません。各地で停電が続いています。今日、私は立川での会議に出席しましたが、そこにNGO(国際援助機構アドラ)よりベテラン講師の方が来られて、ちょうど災害についての話を聴きました。講義の最後に、災害はキリストの再臨とよく似ていると言われました。どちらも突如としてやってくる。どちらも備えが必要。違うのは災害は「来て欲しくない」。再臨は「来て欲しい」出来事。ただし上記はキリスト再臨の直前に起きる災害。台風21号の被災者や北海道の地震の被災者の皆様に神様の助けがありますように、今は熱く熱く祈りたい。
磯部豊喜
みことばの花 180905「人」
みことばの花180905「人」
「また主なる神は言われた、『人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう』。」(創世記 2:18)
これは結婚式カウンセリングで私が語るセリフの一つです。「結婚の目的の一つは『人』文字をしっかりと美しく作る事です」。人文字を良く見ると、二つの棒が斜めになって互いに支えあっています。この「人」という文字には、どちらが偉いとか、高いとかは書いていません。ただ等しく支えあっている。この片方がいなくなると人文字は崩壊します。崩壊した人文字は、支えのなくなった姿でそれはただの「一」となります。ところでこの「人文字」を美しく形成するのは、必ずしも夫婦にならなければ出来ないのかというと、そうではありません。私とかかわりをもつ誰かと支え合って生きることができれば、そこには「しっかりと美しい人文字」は描けます。「互いに支えあう」これは「美しい人文字」の秘密。今日、出会う人、私とかかわりのある人を励まし、励まされていることに感謝する生き方をしたいと思います。今日も美しい「人文字」作りに励みたいものです。
磯部豊喜
みことばの花180904「災害戦争」
みことばの花180904「災害戦争」
「また、戦争と戦争のうわさとを聞くときにも、あわてるな。それは起らねばならないが、まだ終りではない。」(マルコ 13:7)
日本は戦争が国内から追放されて70年を超える国になりました。今、太平洋戦戦争時代の日本の庶民を描いた「この世界の片隅に」というドラマがTVで放映されていますが、戦争にまつわるドラマや映画を見るたびに思います。平和って大切だ…と。しかし戦争体験者が徐々に少なくなって来ています。今は戦場に行った経験者に会うことは滅多にありません。高齢者施設においては、戦中は疎開をしていたという話を聞きます。ところで戦争は人災ですが、今は戦争のようにあっという間に人の生命が断たれてしまうものが、自然災害。台風がやって来なかったら、まだ生きていられる人はいたはずなのです。今の時代の日本は、災害戦争なのかもしれませんが、災害で命を落とす人が多くいます。今年の20号は超大型と聞いています。災害戦争にならないように心から願っています。また皆様も、災害の備えをされますように心から願っています。
磯部豊喜
みことばの花 190903「逃れの町」
みことばの花180903「逃れの町」
「その人は、これらの町の一つにのがれて行って、町の門の入口に立ち、その町の長老たちに、そのわけを述べなければならない。そうすれば、彼らはその人を町に受け入れて、場所を与え、共に住ませるであろう。」(ヨシュア 20:4)
今朝、「高齢者てんかん」についての報道がなされていました。突然に「ボー」となってしまったり、瞬間的に意識がなくなるという。これが認知症だと誤認されやすい。ただ恐ろしいのは、その発作は瞬間的で本人は何も覚えていないので、交通事故を起こしてもその記憶がない。たとえば自動車で人を轢(ひ)いてしまっても本人には全く記憶がないので、そのまま運転が続きます。その結果ひき逃げと判断され罪は重くなります。さて聖書の中に、まったくその意図がなくても、何かの弾みで人を殺(あや)めてしまったという人に対する救済の方法が書かれています。それは「逃れの町」に逃れるということです。昔のイスラエル社会では、意図的な殺人は命をもって償うことが求められましたし、命の報復は許されていました。しかし意図的でない人の場合は無罪とされ、逃れの町が用意されました。意図的か意図的でないかは、とても重要です。ここには私どもの神様が、私どもの本心をしっかりと見分けられるお方だということが分かります。今日も主の守りがありますように。
磯部豊喜