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みことばの花 200503「日誌」
みことばの花 200503「日誌」
「その事が調べられて、それに相違ないことがあらわれたので、彼らふたりは木にかけられた。この事は王の前で日誌の書にかきしるされた。」
(エステル 2:23 口語訳)
今年のゴールデンウィーク、緊急事態宣言中ゆえ、じっとしていられない子連れの家族はどう過ごすかに骨を折っておられるようです。
狭い家にずっと留まるのは子供も大人も辛い。
その中で宇宙飛行士の若田光一さんは、在宅の心得として「日記」を勧めておられます。
米航空宇宙局(NASA)の精神心理の研究で、宇宙のような閉鎖空間では、日報をつけることが心の健康を維持するのに効果があるとのこと。
私も5か年日記を持ってはいますが、空白の多い事…。
ところで上記の聖句はペルシャの国の日誌。
王の転覆を図っていた王の側近の計画を、モルデカイというユダヤ人が王に知らせた結果が記録された。
これが後に、モルデカイを救うことになります。
日々の記録を残すことはやはり大切なことだと思います。
私も日記再開をしようと思う。
主の恵みが今日もありまうすように。
磯部豊喜
みことばの花 200502「いのちの道」
みことばの花 200502「いのちの道」
「あなたはいのちの道をわたしに示される。あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある。」
(詩篇 16:11 口語訳)
命…それは素晴らしく尊いもの、ですが同時に、いかにはかなく空しいものか、と私は複雑な思いで受け止めたりもします。
聖書に、「見よ、あなたがたは喜び楽しみ、牛をほふり、羊を殺し、肉を食い、酒を飲んで言う、『われわれは食い、かつ飲もう、明日は死ぬのだから』」
(イザヤ22:13 口語訳)と語るのは、戦場の兵士の言葉。
明日の命が保証されていないと、このような思いになるのは分からないではない。
今は新型コロナ戦争とも言われます。
しかしどんな状況にあっても落ち着いた心だけは失わず、一日一日を大切に生き、主の示される「いのちの道」を歩みたいと思います。
ハッピーサバス!
磯部豊喜
・・・・・・・
本日5月2日(土) ライブ配信URL。
※時間外でもSDA千葉教会ホームページで開くことが出来ます。
安息日学校(聖書の学び) 10:00 聖書をいかに解釈するか ⑤聖書のみ―「ソーラ・スクリプトゥーラ」 磯部豊喜
https://youtu.be/R1XwkZE24O0
礼拝説教 11:00 「命…それから先は?」磯部豊喜
https://youtu.be/dvNlPngkkjY
みことばの花 200501「予定は未定」
みことばの花 200501「予定は未定」
「人の心には多くの計画がある、しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ。」(箴言 19:21 口語訳)
私は毎月、月間予定表を書いて教会員の皆様に配布するようにしています。
入間川教会の牧師時代から続けているので、30年は経つと思います。
ところがこの予定表は、今年の3月頃より不透明なことが多いのです。
予定をしていても、キャンセルに継ぐキャンセル。もはや計画を立てて書いても何の意味もない…そのような気がしています。
まさに「予定は未定」。ですがよくよく考えてみますと、大小の差こそあれ、私どもの計画は、計画通りには行かないのです。
そのようなとき、上記の御言葉は励みになります。
私の立てた計画以上の計画が、天にあるということ。「しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ!」と書かれています。
心の力を抜いて「主のみ旨」を見つめて歩めるならば幸いだと思います。
主の守りが今日もありますように。
磯部豊喜
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明日5月2日(土) ライブ配信URL。 ※時間外でもSDA千葉教会ホームページで開くことが出来ます。
安息日学校(聖書の学び) 10:00 聖書をいかに解釈するか ⑤聖書のみ―「ソーラ・スクリプトゥーラ」 磯部豊喜
https://youtu.be/R1XwkZE24O0
礼拝説教 11:00 「命…それから先は?」磯部豊喜
https://youtu.be/dvNlPngkkjY
みことばの花 200430「あなたの荷を主にゆだねよ」
みことばの花 200430「あなたの荷を主にゆだねよ」
「あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。」(詩篇 55:22 口語訳)
私の励まされた一文です。
「共労者の皆さん、くじけることのないように勇気をもちなさい。主があなたの信仰を支えてくださいます。
キリストこそ、クリスチャンの力強い助け主です。
必要な援助が得られないために、あなたの熱心な計画を中止せざるを得ないときには、主の前で重荷を降ろしなさい。
そしてお任せするのです。約束された方は真実な方ですから、確実に祈りに答えてくださいます。
主の助けがどんなものであるか、私たちは十分に知りません。
しかしこれだけは知っています。主は、主により頼む者を決して見捨てたりなさいません。
主は働き人たちの祈りを聞き、彼らを火で精錬された金としてくださるのです」(エレン・G・ホワイト『Letter 66, June 26, 1901』 パート29)。
元気が湧いてきました。
磯部豊喜
みことばの花 200429「命の賦与者」
みことばの花 200429「命の賦与者」
「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。」(伝道の書12:7 口語訳)
昨日の聖句を補う御言葉です。「ちり」とは人間の身体。
「ちり」は単なる物質に過ぎません。単なる物質にはあまり意味を感じないのですが、これに「霊」が注がれているのが人間。
「霊」は「息」と訳される言葉です。「ちり」に「霊(息)」が注がれて人は生きています。
人の存在価値を見るのはこの「霊(息)」があるからです。
そしてその源は「神」。神が「霊(息)」を注がれたので人は生きる。神こそが私たちの命の賦与者(与え主)です。
命の与え主なる神は、人が短い人生で終えることを良しとはされません。そこで復活の命を用意してくださった。
「罪を犯した魂は必ず死ぬ」(エゼキエル18:4 口語訳)とあるので、死を免れる人はいない。
ですが「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。」(ヨハネ11:25 口語訳)
との主の言葉を受ける人には真の命の希望があります。
「命の賦与者」がおられることを覚えたい。
今日も主の恵みありますように。
磯部豊喜