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みことばの花 180816「捕らえられている」
みことばの花180816「捕らえられている」
「わたしがすでにそれを得たとか、すでに完全な者になっているとか言うのではなく、ただ捕えようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕えられているからである。」(ピリピ3:12)
昨日、とっても素敵な出来事を知りました。それは2歳の男の子が、親の親戚のお宅に同行した時に、失踪(しっそう)してしまいました。ところが3日目にボランティアの男性によって無事に保護されたというニュースでした。このボランティアの男性は65歳をとうに過ぎている人。これまでの仕事を引退した後、残りの生涯を「人の役に立ちたい」という思いに捕らえられて、ボランティア人生に残りの人生をささげる決心をしている。2歳児の失踪(しっそう)の連絡を受けて、早速、捜索に志願しました。そして捜索開始後30分にして男の子を無事に発見し保護しました。しかしすごいのはこの後の行動です。保護された男児の家では、この方への感謝と労いのために入浴と食事を勧めました。しかし彼は「わたしはボランティアで来たので、男の子が助かり、皆様の笑顔を見られただけで十分です」といい、この勧めを爽(さわ)やかに断られたという。「与えて心に留めぬ」愛、真の愛に捕らわれている人の生き方を教えられました。なかなか出きる事ではない…と、敬服させられた次第です。
磯部豊喜
みことばの花 180815「カレブ(3)」
みことばの花180815「カレブ(3)」
「主がこの言葉をモーセに語られた時からこのかた、イスラエルが荒野に歩んだ四十五年の間、主は言われたように、わたしを生きながらえさせてくださいました。わたしは今日すでに八十五歳ですが、今もなお、モーセがわたしをつかわした日のように、健やかです。わたしの今の力は、あの時の力に劣らず、どんな働きにも、戦いにも堪えることができます。」(ヨシュア 14:10,11)
あれから45年の歳月が経ちました。カレブの年齢は85歳。しかし神様に忠実なカレブは、心身ともにいまだ若者のようです。いよいよヨシュアをリーダーとしてイスラエル人がカナンを征服する機会が訪れました。カレブは続けて語っています。「それで主があの日語られたこの山地を、どうか今、わたしにください。あの日あなたも聞いたように、そこにはアナキびとがいて、その町々は大きく堅固です。しかし、主がわたしと共におられて、わたしはついには、主が言われたように、彼らを追い払うことができるでしょう」(同12節)。彼が望んだのは、大きく堅固な町の人々を追い払うこと。心ばかりでなく足腰が丈夫でなければこのようなことは言えない。そういえば、人は「1時間座ると22分寿命が縮まる」と聞きました。座業は足を弱くします。カレブはきっと心と共に足腰も鍛えていたのだと思います。
磯部豊喜
みことばの花 180814「カレブ(2)]
みことばの花180814「カレブ(2)]
「しかし、彼とともにのぼって行った人々は言った、『わたしたちはその民のところへ攻めのぼることはできません。彼らはわたしたちよりも強いからです』」(民数記 13:31)
昨日の続きです。カレブはヨシュアと共に、全知全能の神がおられれることを固く信じてカナンに前進することを進言しました。ところが他の10人の斥候たちの提案は否定的なものでした。その10人の言葉が上記です。私はこの聖書の箇所を見るとき、多数が必ずしも正しいとは限らないということを学びます。しかし多数決によってイスラエルの方向性が決められました。これは今日も同じです。この場面で正しい人は、神を見上げることに忠実なカレブとヨシュアの二人でした。神の世界には、ときどきこのような少数派に正しい判断がみられることがあります。結果としてイスラエルはカナンに住むことが出来ず、40年間もの間、荒れ野をさ迷う事になります。そして40年の間に、神を信頼しなかった10人は荒れ野で倒れ、神に完全に従ったカレブとヨシュアの二人だけは、40年後にカナンの入植に再び挑戦する機会が与えられます。カレブとヨシュアのように神様を信頼する選択をして行きたいものです。
磯部豊喜
みことばの花 180813「カレブ(1)」
みことばの花180813「カレブ(1)」
「そのとき、カレブはモーセの前で、民をしずめて言った、『わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます』」(民数記 13:30)
研修旅行に行った韓国から無事に帰ってきました。この度の研修は、熱く心に触れるものがあり、私も涙を誘われた時もしばしばありました。キリストを知らなかった人が、キリストに出会う時の感動がそこにありました。さてそのようなプログラムの中で、最終日に組まれていたのが韓国のクリスチャン劇団「スランミ」の歌劇です。美しい讃美と踊り、そして聖書のメッセージを織り交ぜながら、それは見事に構成されていました。今回の演劇は旧約聖書に登場する「カレブ」が主役。神は、下劣な宗教を信奉していたカナン人を追い払うためにイスラエル人にその地への入植を進めるために、指導者モーセを通して12人の斥候を送ります。しかし10人は強そうなカナン人を見て、その地に入ることを尻ごみします。それに対してカレブとヨシュアは違いました。特にカレブは、我らには神がおられるから必ず勝つことが出きると進言しました。信仰とは全能の神様を見る心です。本物の信仰者は決して弱いのではなく強いのです。
磯部豊喜
