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みことばの花 181027「気品」

みことばの花181027「気品」

「あなたは人の子らにまさって麗しく、気品がそのくちびるに注がれている。このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。」(詩篇 45:2)

故人になられましたが、岡田眞澄さんというとてもダンディな俳優さんがおられました。実はこの方は再婚をされ、一人の娘さんが生まれました。その岡田氏の愛娘、岡田朋峰(おかだともみ)さんが、先日ミスインターナショナル代表に選ばれたとのことです。朋峰さんが7歳の時に、父を亡くされましたが「父はどんなときにもエレガントで気品を忘れない女性であることを教えてくれました」と話しておられ、確かにそのしぐさに気品(どことなく感じられる上品さ)が漂っています。気品という言葉の反対はガサツ(動作・態度などに落ち着きがなく、丁寧さが欠ける)ということでしょう。果たして私は???(たぶん後者かも…)と自省しますが、気品のある人にはあこがれます。今日は聖なる第七日安息日、キリストから世界最高の気品を学ぶ日でありたいと思います。「キリストの気品が、わたしの生活全体に少しでも影響を与えてくださいますように…」と、祈りつつ教会へ行かせて頂きます。

磯部豊喜

みことばの花 181026「まだ生きている」

みことばの花181026「まだ生きている」

「そしてイスラエルは言った、『満足だ。わが子ヨセフがまだ生きている。わたしは死ぬ前に行って彼を見よう』」(創世記 45:28)

昨日の新聞の第一面、大きく「安田純平さん解放確認」の文字。フリージャーナリストの安田純平さん(44)は、かつてISが台頭していたシリアで2015年に武装組織に拘束されていた映像を見たことがありましたが、拘束されたのは残酷なISではなくある武装組織のグループであったようです。それにしても安田さんのご家族は、拘束されてからの40ヶ月、どんな思いで過ごしておられたのかと思うと心が痛みます。ですがご子息の無事であったとの報道に、そのご両親は「嬉しさで感激しております」とコメント。このご両親の言葉を見て、私は聖書のイスラエル(元の名はヤコブ)という人が、すでに死んでしまったと思っていた愛する息子ヨセフが「まだ生きている」との報せを知った時の様子を思い出しました。愛する人にとって、その人の命は地球の重さよりも重い。実は神の御子イエス様も私の命を重く見てくださる。イスラエルの言葉は、「永遠の命を受けよ」と言われるキリストの思いと重なっているような気がします。

磯部豊喜

みことばの花181025「天の法則」

みことばの花181025「天の法則」

「人を見て恵む者はめぐまれる、自分のパンを貧しい人に与えるからである。」(箴言 22:9)

世の中には、目には見えない法則のようなものがあるようです。それは上記の聖句のような法則です。「人を見て恵むものはめぐまれる」、恵まれない人をみると、すぐにその人を助けたくなる人がいます。その人自身は決して裕福ではない。裕福でないので、貧しい人の心がより身体に染みているのかも知れませんが、この人は貧しい人を見るとすぐに助けたくなるのです。ところが不思議なことに、いつもその人自身も恵まれるのです。誰かを恵むと、恵んだ分以上のものがどこからか舞い込んできます。不思議なのですが、これは天の法則。しかし一方で、他者には目もくれずに、自分のためにだけに投資する人がいます。こういう人は、何にも貯まらない。いつも「ナイナイ」と叫んでいます。不思議ですが、これも天の法則。私は気まぐれに人を恵むことがあるので、私も気まぐれに恵まれる。これも天の法則。本当に上記のみ言葉の通りです。気まぐれではなく、もう少し隣人に尽くす優しい心を持ちたいものだと自戒しています。

磯部豊喜

みことばの花 181024「もう一度」

みことばの花181024「もう一度」

「その時、『あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない』と言う声がした。」(黙示録 10:11)

昨日は大再臨運動&大失望のことを書きました。1844年10月22日にキリストの再臨が必ずあると疑わなかった人々は、キリストが期待通りに来られなかったのでとてもがっかりしたに違いありません。人は大きな期待があるとき、その通りにならないと今度は大いに失望します。まさに期待と失望は紙一重。昨日の大再臨運動&大失望が1844年10月22日と私は書きました。10月22日についての説明をしていませんでした。なぜ10月22日なのでしょう。これはダニエル書8:14にあった「聖所は清められる」という言葉から、旧約聖書にある「聖所の清め」の日(贖罪日)とします。この日がユダヤ暦だと7月10日ゆえ、太陽暦に直すと10月22日になる。1844年に再臨を待つ信仰者は、大失望を経験しましたが、神様は上記のみ言葉を加えて言われます。「あなたは、もう一度、…預言せねばならない」と。大失望を乗り越えて、もう一度聖書を学びなおす。この人々がセブンスデー・アドベンチスト教会のルーツになっています。

磯部豊喜

みことばの花 181023「大失望」

みことばの花181023「大失望」

「わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。」(黙示録 10:10)

上記は、先週の安息日礼拝で私が扱った聖句でした。「小さな巻物」をダニエル書と解く。「わたしの口には蜜のように甘い」は、174年前(1844年)10月22日に結び付けて、ウイリアム・ミラー氏による米国で起こった大再臨運動とする。これは歴史的な出来事でした。ダニエル書8章14節に、「二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する」という聖書の言葉を、ミラーはキリストの再臨(再び来られること)と解釈し、一日は一年という預言計算法(民数記14:34、エゼキエル4:6)を適用し2300日を2300年としてこれを解釈します。2300年の始まりは「エルサレムの再建命令が出されたBC457年」。計算すると2300年の終わりはAD1844年となります。これを受け入れた人々は、1844年10月22日に本当にキリストの再臨を信じて待ったといいます。ですがキリストは来られませんでした。「それを食べたら、腹が苦くなった」とあるように大失望が訪れました。というわけで昨日は10月22日、ミラーの大再臨運動&大失望の記念日となりました。

磯部豊喜