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みことばの花 181202「愛は咎を覆う」

みことばの花181202「愛は咎を覆う」

「憎しみは、争いを起し、愛はすべてのとがをおおう。」(箴言 10:12)

数日前、とても感動的な心の温まる画像を拝見しました。舞台は、かつての国民的な女優であった森光子さんと、かつて日本の総理大臣でも大人気で昭和太閤さんとさえ言われた田中角栄さんとの古い時代の画像です。森光子さんが田中角栄さんにインタビューしていました。この頃の田中角栄さん、ロッキード事件のために心穏やかならぬ渦中にあったのですが、多くの人たちからは口を開けば「ロッキード事件」を向けられる。ところが森光子さんのインタビューの内容は全く違っていました。角栄さんの名前の意味から話を進められます。角栄さんも心がほぐれ素の自分を出されて、時間が超過するほどに話がとても盛り上がったのです。そして会話を終えたときに、角栄さんが涙をハンカチにふき取るシーンが見られました。多くの人々が責める中、森光子さんに暖かく受け止めていただいたからでしょう。素敵なシーンでした。まさに上記のみ言葉のごとくです。「愛はすべてのとがをおおう」。この愛を持ちたい!

磯部豊喜

 

みことばの花 181201「キリスト者の自由」

みことばの花181201「キリスト者の自由」

「兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。」(ガラテヤ 5:13)

真の自由とは何でしょうか。辞書には、「他からの束縛を受けず、自分の思うままにふるまること」とありますが、しっくりと来ません。「自分の思うまま」が気になります。自由主義という言葉はどうでしょう。「個人の自由意志を尊重し、自発的活動には可能な限り他からの干渉をしないという主義」とある。自由貿易はどうか。「国家が、外国貿易に何の制限も加えず、また保護・奨励もせず,商人の自由な活動に任せること」だそうです。「干渉しない」「何の制限も加えず」…これが本当の自由なのでしょうか。聖書の語る自由も、基本は同じでしょう。ですが「その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい」と教えます。キリスト者の自由とは、愛さない自由もある中、愛をもって互いに仕えます。今日は第七日安息日、神様との交わりを積極的に選びたい。何者にも拘束されずに神を愛し、隣人を祝福するという道を貫きたい。良き事への自由選択、これぞキリスト者の自由なり!ハッピ、サバス!

磯部豊喜

みことばの花 181130「反対の一票」

みことばの花181130「反対の一票」

「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福して、のろってはならない。」(ローマ 12:14)

最近、イエスマンを自分の傍に置くリーダーが増えているような気がします。自分の考えに右倣(なら)えのみ受け入れるのです。こういうリーダーに、私は魅力を感じません。反対者も自分の友だと思える人になれたら素晴らしい。実際は難しいことですが、たとえ友にまではなれなくても違った考えを心に留めることの出きる人になれたらと思います。昔、ある会議があって結果としては多数決の論理で提案者の意見が通ったのですが、ただ一人反対に手を挙げた人がいました。その時、私の傍にいた方が「あの反対の一票を心に留めることが大切だ」と教えてくれたことは実に印象的でした。10年前に、米国大統領選の勝利宣言でオバマ氏は、「私を支持しなかっら皆さんの票はもらえなかったが、皆さんの声に耳を傾けます。私は皆さんの大統領になるつもりです」と素敵な言葉を残しました。上記のみ言葉は、「迫害者」さえも、「祝福はしても、のろわない」と教えていますが心に留めたい一句です。

磯部豊喜