ブログ

このエントリーをはてなブックマークに追加
サイト管理人のブログです。

ブログ一覧

みことばの花 191130「神を待ち望め」

みことばの花 191130「神を待ち望め」

「わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。
わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。」(詩篇 43:5 口語訳)

人の心は時にうなだれ、思い乱れます。
人を惑わすのは人、動物の方が時にはましです。傷つけることがないからです。
今日は聖なる安息日、神様の愛のふところで憩いたいのです。
ところがそのようにうまくいかない場合があります。
会議で疲れ、人との会話に疲れる。
そのような時、どうすれば良い。
み言葉は「神を待ち望め」と勧める。
そうだ辛い時こそ「わが神なる主をほめたたえよう」と三度ばかり唱えてみよう。
詩篇42章43章(口語訳)には三度このみ言葉が出てくるのです(42:5,11,43:5)。
神を待ち望め!神を待ち望め!神を待ち望め!と。

磯部豊喜

みことばの花 191129「規則」

みことばの花 191129「規則」

「それは教訓に教訓、教訓に教訓、規則に規則、規則に規則。ここにも少し、そこにも少し教えるのだ。」(イザヤ 28:10 口語訳)

「規則」という言葉はお好きでしょうか。
道路交通法のハードルが高くなったようです。
特に今回の注目は「ながら運転」。
スマホを操作しながらの走行運転は当然ダメ。
赤信号待ちの停車中とか、渋滞時には何とかOKだそうです。
運転中のナビのチラ見は許されるが、2秒以上注視するとNGになる。
違反した場合、罰則も1点6000円が3点18000円になるという。
「規則づくめ」を好む私ではありませんが、これらは安全のためには必要です。
ところで聖書にも「規則」とか「教訓」があります。
これらは人間の自由を制限するのではく、私を安全に導く光だと受け止めていけたらよい。
自分は安全だと勝手に判断することなく、み言葉に素直に従って人生の安全走行をしたいものです。
今日も主の守りがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 191128「機会」

みことばの花 191128「機会」

「そこで、その安息にはいる機会が、人々になお残されているのであり、しかも、初めに福音を伝えられた人々は、不従順のゆえに、
はいることをしなかったのであるから、」(ヘブル 4:6 口語訳)

ここに「機会」という言葉があります。
機会とはチャンスのことです。
良い選びをするチャンスは誰にも与えられているでしょう。
昨日、教会のSさんがお亡くなりになりました。
私はSさんを看取る機会に恵まれました。
ところでその方も今年の8月にキリストを受け入れたのです。
人生の最後に安息の主を知り、復活の希望を確信されました。
Sさんも良い機会を選ばれたと私は今、信じています。

磯部豊喜