みことばの花 200126「くちびるを制する」

みことばの花 200126「くちびるを制する」

「言葉が多ければ、とがを免れない、自分のくちびるを制する者は知恵がある。」(箴言10:19 口語訳) 

御(ぎょ)し難(がた)きもの、その一つは感情、御し難きもの、その一つはくちびる…。
心で思ったことを後先考えずに何でもしゃべる人がいます。
これは他人ごとではないのです。
私自身、そうであるのではと反省しきりです。特に身近な人に対して…。
傷つけたくはない、でも振り返ってみると傷つける、あるいは傷つけそうな危うい言葉を語っている自分がいます。
こういうとき「沈黙は金」。
感情で語りたくなるとき、これから語ることが相手の益になるかどうかを吟味したい。
上記の御言葉は、わたしの心にグサグサと刺さります。
刺さって良いのだと思います。真の知恵ある生き方、すなわち「自分のくちびるを制する者」となるために。
今日も主の恵みがありますように。
ともすると災いをもたらす我がくちびるが主によって守られますように。

磯部豊喜

みことばの花 200125「災間」

みことばの花 200125「災間」

「たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。」(詩篇 23:4 口語訳)

こんな一文が数日前の新聞に。「東日本大震災の後、『災後』という言葉が使われるようになった。
…あまり知られていないが、『災間』という言葉も生まれた。
…私たちはいま巨大災害の後を生きているのではなく、災間を生きている。
『いつとは知れず、しかし確実に近い将来起こるはずの大きな災害までの、
ほんのつかの間の猶予期間を生かされている』のだと…」(朝日「天声人語」2020.1.19)。
災間というのは初めて聞く言葉ですが、いつ私どもは災いに会うか分かりません。
上記は、そういう弱い人間が記憶しておきたい聖句。
今日は第七日安息日、上記の御言葉のある「あなた」を想いたい。
ハッピーサバス!

磯部豊喜

みことばの花 200124「プレアデス」

みことばの花 200124「プレアデス」

「彼は北斗、オリオン、/プレアデスおよび南の密室を造られた。」(ヨブ9:9 口語訳) 

昨日はオリオンについて触れたので、今日はプレアデスについて触れてみたい。
プレアデスは、百科事典では「おうし座の散開星団」と紹介される。
和名は周知の昴(すばる)です。
中島みゆきさん作曲・作詞の「地上の星」にも、谷村新司さん作詞・作曲の歌名にも「昴(すばる)」は登場します。
肉眼では6,7個、双眼鏡で観測すると数十個の青白い星の星団に見える。
これらの星団はまとまっているので「すばる(統ばる)」とか「すまる(統ます)」とも呼ばれ
「統一されている」という意味を持つという。
「一つに集まっている」という名の星団ですが、人はなかなかこのようにはならない。
昨年「ワンチーム」という言葉が流行りましたが、わたしのまわりはどうでしょう。
創造の神は造られた大自然の中にいろいろな教訓を用意しておられる気がします。

磯部豊喜

みことばの花 200123「オリオン」

みことばの花 200123「オリオン」

「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか。」(ヨブ 38:31 口語訳)

昨日は月に触れましたが、次の見出しの言葉に触れました。
「オリオン座が崩れる?ベテルギウスに異変。
冬を代表するオリオン座の1等星ベテルギウスに異変が起きている」。
ベテルギウスは昨秋から急に暗くなり、明るさが3分の1になった。
この星は、明るさが変わる変光星ですが、過去50年間で最も暗い。
すでに寿命を迎えている不安定な星でいつ超新星爆発が起きてもおかしくない。
年老いてぶくぶく膨らんだ大きさは太陽の約1千倍。
もし太陽系にあったら地球や火星も飲み込み、木星のあたりにまで達すると言う。
燃え尽きると大爆発するとは天文学者の観察。
そういえば「その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。」(Ⅱペテロ3:12 口語訳)
という聖書の預言が現実味を帯びているように私には思えるのです。

磯部豊喜

みことばの花 200122「月

みことばの花 200122「月」

「都は、日や月がそれを照す必要がない。神の栄光が都を明るくし、小羊が都のあかりだからである。」(黙示録21:23 口語訳)

月というと、どのような形を想像するでしょうか。
満月?半月?三日月?おそらく多くの人は三日月ではないかと思います。
ところで昨日の朝、見事な下弦の月を見ました。
あの伊達政宗の兜のような月です。
さて月は闇夜を照らす自然界の光。
上記の御言葉には天国に都があってそこに描かれている「あかり」のことが書かれています。
闇夜は時々私の心を覆う時があります。
そいう時、日や月は役に立ちません。
「神の栄光」に触れる以外に道はない気がします。
今日も主の愛が注がれますように。

磯部豊喜

みことばの花 200121「孤立」  

みことばの花 200121「孤立」  

「忍び抜いた人たちはさいわいであると、わたしたちは思う。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いている。
また、主が彼になさったことの結末を見て、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかが、わかるはずである。」
(ヤコブ5:11 口語訳)

「人は孤独には耐えられるが、孤立には耐えられない」という。
昨日のOさんは孤独でしたが、周りは彼に関心を持っていてくれた。
関心は人が生きる上で大きな支えになると思います。
孤立の場合は、周りに人はいる。
しかし彼を理解してくれている人がいないこと。聖書の中にこういう人を探すと、ヨブを思い出します。
彼は災難続きの人生を味わった時、最愛の妻からも彼を見舞った友人たちからも責められた。
まさに孤立状態。
ですが彼の孤立を救ったのは、「神は私の心を知っておられるはず」という一つの期待。
孤立しても大丈夫。
神は私の味方だと信じさえすれば。

磯部豊喜

みことばの花 200120「孤独」

みことばの花 200120「孤独」 

「寄留の他国人または孤児のさばきを曲げてはならない。寡婦の着物を質に取ってはならない。」(申命記 24:17 口語訳) 

阪神淡路大震災で家族3人を失い一人だけ助かった4歳児、Oさんのことが新聞に。
Oさんは戦争孤児ならぬ震災孤児となった。
大坂の親戚宅に一時身を寄せ、その後祖母に引き取られた。
Oさんはある夏の日、七夕飾りの短冊に「家族が生き返りますように」と書いた。
彼が中学2年生の時、Oさんの祖母は、がんでこの世を去り再び独りに。
そのままその家で一人暮らしを始めた。
それを知る同級生の母親が彼の弁当も作ってくれた。
担任教授も、遅刻がちな彼に毎日のように電話をかけ叱咤激励。
親戚も生活面で支えてくれたOさんは一人前になり、「お世話になった人だけでなく、もっと多くの人に感謝を返していきたい」という。聖書のみ言葉も、このような人に優しい。
主イエスは「わたしはあなたを捨てて孤児とはしない」(ヨハネ14:18 口語訳)と言われます。
主の愛が今日もありますように。

磯部豊喜

※上記のような人生を歩まれた人がいます。よって私の自分史などは比になりません。
自分史は別の機会にまとめたいと思います。

みことばの花 200119「愚かな人」 

みことばの花 200119「愚かな人」 

「また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。」
(マタイ 7:26 口語訳) 

昨日、「岩の上に自分の家を建てた賢い人」について触れましたので、今日はその真反対のキリストの御言葉を紹介します。
彼は「愚かな人」と言われます。
この「愚かな人」は、必ずしも「キリストの言葉」を知らない人とは限りません。
「わたしのこれらの言葉を聞いても行わない人」が愚かな人で、それは「砂の上に自分の家を建てた」者だという。
確かにキリストの御言葉を聞くことが、人を守るのではありません。
例えば「聖書」を読んだだけで、それを守って行ったかのように思う。
これは錯覚です。病人がすぐれた病気治療の知識を得ても、それを実行しないと何にもならないのと同じです。
これが「愚かな人」だという。「知識を得ると共に、それを実践する人」になりたいものです。
主の恵みが今日もありますように。

磯部豊喜