みことばの花 180925「キリストの怒り」

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みことばの花180925「キリストの怒り」

「イエスは怒りを含んで彼らを見まわし、その心のかたくななのを嘆いて、その人に『手を伸ばしなさい』と言われた。そこで手を伸ばすと、その手は元どおりになった。」(マルコ 3:5)

先日、ある集会で「イエス様は、いつも穏やかで素敵な方でした」ということをお話しました。するとクリスチャンではないけれども聖書をある程度読んでおられる方が、私のところへ来て「『キリストが神殿で怒った』ということが書いてあったと思いますが…あれはどうなのですか?」と真面目な質問をしてくださいました。確かに「聖書にはキリストがまったく怒らなかった」とは書かれていないので、その通りです。そこで「キリストの怒り」とは、どういう種類の怒りであったかをお話しました。キリストは自分のためにカッとなったりはなさらなかった。人の貪欲のために神殿が汚されたり、上記の聖句のように、人々が隣人への愛からまったく離れ、愛のない言動をする時に怒ることがあったようです。私はキリストのあらわされた怒りは、「聖なる怒り」だと呼んでいます。おそらく「怒り」には二種類あるのだと思います。価値のない怒りと、価値のある怒り。義のためにここぞという時に「怒る」、それもありなのかな…と考えます。でもキリストのように人生の基本は優しく穏やかでいたいものです。

磯部豊喜

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