わたしわたしはまた主の言われる声を聞いた、
「わたしはだれをつかわそ うか。だれがわれわれのために行くだろうか」。
その時わたしは言 った、「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」。
(イザヤ6章8節 口語訳)

今週のお花 (12月15日)ユリ、キンギョソウ、ナンテンの実、カスミソウ、スターチス、カーネーション
心に残る ビューティフル クリスマス チャリティー コンサート 12月24日 千葉市民会館
聖句カード(人にしてもらいたいと思うことは・・・・・
今週のお花 (12月8日)
みことばの花 181207「ヤベヅの祈りを見ての(提案)」
みことばの花181207「ヤベヅの祈りを見ての(提案)」
「ヤベヅはイスラエルの神に呼ばわって言った、
『どうか、あなたが豊かにわたしを恵み、わたしの国境を広げ、あなたの手がわたしとともにあって、
わたしを災から免れさせ、苦しみをうけさせられないように』。
神は彼の求めるところをゆるされた。」(歴代志上 4:10)
最近、重い病気などに苦しむ人が多いです。
「ヤベヅの祈りを」見つめていて、このような人にこんな提案をしてみたくなりました。
例えば、がんの病の人へ向けて…「どうか、あなたが豊かにわたしを恵み、わたしの免疫細胞の活動を広げ、あなたの手がわたしとともにあって、
わたしをがんの病から免れさせ、苦しみをうけさせられないように」。
こういう祈りをささげても良いのではと考えたのです。
「国境」と「災い」を、今のわたしの必要に置き換えて祈ることをしてみてはいかがでしょう。
そして結果は、「神は彼の求めるところをゆるされた」となれば幸いなのです。
私にとって神様のみこころがそこにあれば、必ず人は病であれその他の災いであれ乗り越える力が与えられるに違いない。
もし病やその他のことで恐れや不安に包まれる人がありますならば、どうぞ主への信頼をもって、このような祈りをささげてみてはいかがでしょうか。
磯部豊喜
みことばの花 181206「ヤベツの祈り」
みことばの花181206「ヤベツの祈り」
「ヤベヅはイスラエルの神に呼ばわって言った、『どうか、あなたが豊かにわたしを恵み、
わたしの国境を広げ、あなたの手がわたしとともにあって、わたしを災から免れさせ、
苦しみをうけさせられないように』。神は彼の求めるところをゆるされた。」(歴代志上 4:10)
上記は、ひところ竹の子が土から出てくるように、あちらからこちらからの説教者に注目
された聖句の一節でこれを「ヤベヅの祈り」と言います。
覚えにくい人は「キャベツの祈り?」と呼んで後、まず訛りをつけて「キャベヅ~の祈り」
として「キ」を差し引けばよい。
なぜこの短い祈りが特別に注目されたのでしょう。
まずこの祈りを唱えたヤベヅは、「悲しむ」という意味で、前節に彼についての情報が書か
れています。
「ヤベヅはその兄弟のうちで最も尊ばれた者であった。
その母が『わたしは苦しんでこの子を産んだから』と言ってその名をヤベヅと名づけたの
である。」(同上4:9)
さてこの祈りのポイントは、一見ひとりよがりで遠慮のない祈りの言葉にみえます。
ですがその底に流れているのは神への信頼。信頼されたら黙ってはいられないのが私ども
の神様です、「神は彼の求めるところをゆるされた」と、この祈りの結果が書かれています。
ヤベヅのように大胆な祈りをささげたいものです。
磯部豊喜
みことばの花 181205「やさしく」
みことばの花181205「やさしく」
「むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。」(Ⅰテサロニケ 2:7)
今日は芸能会からのニュースですが、先に94歳でお亡くなりになられた小田章子(おだあやこ)さんのことを書き留めてみたいと思いました。
小田章子さんといっても、一般人には分からない。この方の芸名は赤木春恵さん。
出世地は中華民国吉林省長春県の日本人です。当時の満州生まれということでしょう。
私はこの人の記憶では、学園ドラマ金八先生の校長先生、ほとんど見た事はありませんが、世間では人気ドラマの「渡る世間は鬼ばかり」の嫁いびり役の姑です。
後者の役柄は強烈で、近所の人が、「あの怖い人とかかわりを持たないほうが良い」と言わしめたほどの芸達者。
しかし女優さんの衣を脱げば、とても「やさしい」人、「決して人の悪口を言わない人」だったそうです。
多くの人から慕われた人物から学ぶことは大きいです。
上記はパウロの言葉ですが、「ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった」というのはパウロのみならず赤木春恵さんにも言える素敵な言葉です。
こんな人になれたら良いですね。まだまだ遥かに遠き、我が身かな…。
磯部豊喜
みことばの花 181204「名は不思議」
みことばの花 181204「名は不思議」
「主の使は彼に言った、『わたしの名は不思議です。どうしてあなたはそれをたずねるのですか』。」(士師記 13:18)
昨夜、海の中に生息する生物の中にとても興味深い生物がいることを知りました。
たとえば、魚を釣る魚。背びれの一つが擬似餌のようになっていて、目の前にそれをぶら下げる。
それに引かれて小魚が近づくと、大きな口を開けてぱくりと捕食。
この魚の名はカエルアンコウといいます。
また人間のように二本足で歩く珍しい烏賊(イカ)の種類、彼は餌に近づく時に、「抜き足、差し足で」歩いて餌に近づく時に二本足になるのです。
さらに海の妖精と言われる天使のような姿をしているクリオネが、ジンウキマイマイという浮遊性の巻貝を食する時には悪魔に変身するという。
この餌を発見したクリスオネは、バッカルコーンという6本の触手を出し餌を包み込み、その養分をゆっくりと吸い取る吸血鬼のようになる。
彼らが変化の共通点は食事の時。生きるためには豹変する。
悲しくもどこか人間に似ているような…。それにしてもこれらは創造の知恵。
彼らを生かすために備えられた神様の創造の知恵の世界を垣間見たような気がしました。
磯部豊喜
みことばの花 181203「白くなるのだ」
みことばの花181203「白くなるのだ」
「主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。」(イザヤ 1:18)
先月のことですが、一大決心をして白い愛車の塗装修理を行ないました。まことに恥ずかしいことですが、運転が下手なのか私の車は四隅がみごとに模様入り。特に後方部分はギザギザ模様。この模様をつけてしまった後は、開き直って「自分の車だという印」だとか「盗難車の罪を防げる」などと都合のよい言い訳をしながら日を過ごしていました。しかしやはり気になるので、イエローハット(自動車用品店)へ行って傷隠しのシールを買って補修。ところが洗車をすると剥がれてしまい再び惨めな顔が登場…というわけで知り合いの知り合いの自動車修理の専門の方に塗装修理(格安)で行なっていただきました。戻って来た新車?に感動。自分で治せない傷跡、しかしプロの腕はすごい。そこで思い出したのが上記のみ言葉。神様は人の心をしっかりと補修してくださるという。「罪は緋のよう」に傷だらけでも「雪のように白くなるのだ」と約束してくださっています。今日もその主に一日の歩みをゆだねたいと思います。
磯部豊喜



