みことばの花 180915「本当のききん」

みことばの花180915「本当のききん」

「主なる神は言われる、『見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、主の言葉を聞くことのききんである。』」(アモス 8:11)

北海道胆振(いぶり)東部地震と命名された最大震度7の地震で、厚真町(あつまちょう)を中心に1600人の方々が避難生活を強いられていることが新聞に記されていました。そして夕食の炊き出しを受け取っている方々の姿が写真に。もし千葉であのような地震があったならば、私もあの中にいるのかも知れないのです。心が痛みます。大切なご家族を失った人、家を失った人、家に住めなくなった方々の心痛が伝わって来ます。避難地では、「ききん」の姿も垣間見た気がします。自分の力で食事をすることが出来ない。この豊かな日本でも「ききん」状態を体験している。もちろん本当の「ききん」は、この比ではありませんが…。ところで食事は十分に取れても、多くの日本人はもう一つのものが「ききん」中。それは「主の言葉をきくことのききん」。教会に行けばそれは解消するのか?そうでもないらしい。み言葉が語られない教会もあるという。今日は第七日安息日。み言葉をたっぷりと受ける聖日です。どうぞみ言葉に触れられますように。

磯部豊喜

 

みことばの花180913 「6:66の聖句」

みことばの花180913「6:66の聖句」

「それ以来、多くの弟子たちは去っていって、もはやイエスと行動を共にしなかった。」(ヨハネ 6:66)

聖書の記す数字の中で、暗いイメージを残している数字の一つは「666」(黙13章18節)です。ところでこれは666ではありませんが、6章66節となっている一つの聖句がここにあります。これもまた暗い内容です。「それ以来、多くの弟子たちは去っていって、もはやイエスと行動を共にしなかった」。「多くの弟子」とあります。彼らは「この人こそ、イスラエルを救う救い主だ」と受け止めてキリストの弟子になっていました。ところがキリストと行動を共にしなくなった。何故でしょうか。キリストが「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたその人の内にいる」とか訳(わけ)の分からないことを言われたからです。キリストの言葉は、霊的な内容です。ところがこれを表面だけで受け止めると理解できなくなる。キリストと深い関係を築くことこそが「永遠の命」だということを主は言われたのです。しかしこれさえもなかなか理解されないのが、この世の法則でしょう。霊的な世界は、祈りと共に信仰で理解することが求められます。

磯部豊喜

みことばの花 180912「未来完了形」

みことばの花180912「未来完了形」

「第七の者が、その鉢を空中に傾けた。すると、大きな声が聖所の中から、御座から出て、『事はすでに成った』と言った。」(黙示録 16:17)

私のいる千葉教会では、毎月1回ずつ黙示録とダニエル書の学びを行なっています。昨日の学びは黙示録18章でしたが、この学びの際に私が繰り返し語った言葉は「未来完了形」です。聖書の中には、将来に起こるであろう出来事の預言が、確実にそうなるものとして描かれています。これを「未来完了形」と呼びます。未来に起こる出来事ですから、その通りに事が運ぶかどうか難しいところですが、聖書を書いたお方が全知全能の神様ですから、その通りになるという信仰をもって読む。まだその歴史はまだ訪れていないにもかかわらず、すでにそれは来ていると宣言します。上記の聖句にも「事はすでになった」(まだ来ていないのに)と宣言しています。イエス・キリストのみ言葉をたどってみても、その多くは未来完了形です。前もって、そうなると予告しています。そしてその通りに、事は運んでいます。私が聖書に信頼を寄せるのは、そのような預言の数々が登場するからです。信頼できる主の恵みが今日もありますように。

磯部豊喜

みことばの花 180912「ポジティブ」

みことばの花180912「ポジティブ」

「しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ 22:32)

全米テニスの熱狂冷めないうちに書き留めておきましょう。それは大坂なおみ選手を優勝に導いた影の功労者バイン氏のことです。「良き選手の影に良きコーチあり」は、大坂選手にも当てはまります。大坂なおみ選手は練習嫌いで、引っ込み思案の性格からネガティブにとらえるところもあったという。バイン氏は「できるだけ楽しく、ポジティブな雰囲気を作ろうと思っている」と、練習前のアップから笑顔で並んで走り、トレーニングでも一緒に汗を流すコーチです。「ハッピーでポジティブな人の近くにいることが、いい影響になっている」と大坂選手は語っています。ところで私の信じる神の御子イエス・キリストもポジティブな言葉を弟子たちに投げかけています。上記は、後に主を裏切ってしまうペテロに言われた言葉です。キリストはペテロがご自身を裏切ることを言い当てておられましたが、「あなたが立ち直ったときには」とも言われました。このポジティブな言葉はペテロを後に支えたに違いない。出きる限りポジティブな言葉を語れる人に私もなりたい。

磯部豊喜

みことばの花 180911「よい機会が来たら」

みことばの花180911「よい機会が来たら」

「そこで、パウロが、正義、節制、未来の審判などについて論じていると、ペリクスは不安を感じてきて、言った、『きょうはこれで帰るがよい。また、よい機会を得たら、呼び出すことにする』。」(使徒24:25)

8日正午ごろのことですが、体育大会が行なわれた福岡の高校で、人文字披露の準備中、体調不良のために36人が病院に搬送されたという。土砂降りの雨の中での出来事で、低体温症のためにそうなったらしい。幸いに全員無事で家に帰ったとのこと。この時の気温は21.9度だったといいます。実は今日は気象庁の報告では、21度だと聞いています。低体温にならないように注意したい。人間の身体と言うのは、急激な変化になかなか追いつかないようです。急に高い山に登ると激しい頭痛などを引き起こす高山病になったり、深い海に潜り、急に浮上すると手足の筋肉が痛んだり、呼吸や循環器などに障害が起きる潜水病(潜函病)という症状が起きます。気圧の変化に身体がすぐに反応できないためです。こういう場合には、徐々に身体を慣らすが鉄則です。ですが、精神的な世界では、徐々にではチャンスを失うことがあります。上記はペリクスの言葉。彼は真理の光を受けることを先延ばししました。人生には、今こそ最善の機会である場合があることを覚えたい。

磯部豊喜

みことばの花 180910「怒り」

みことばの花180910「怒り」

「怒りをおそくする者は大いなる悟りがあり、気の短い者は愚かさをあらわす。」(箴言 14:29)

大坂なおみ選手(20)が初快挙となる、プロテニス界の4大大会の一つである全米オープンで優勝しました。日本人が四大大会で優勝するというのは男女テニスで初めてだそうです。しかも相手は四大大会で23回優勝しているセレナ・ウィリアムズ。米国では国民的な存在だというので、アゥエイでの勝利は見事です。体力、技術もセレナに引けをとらない選手になったのでしょうが、今回の勝敗を分けたのは、メンタル面は大きい。セレナ選手は怒りのためにラケットを破壊し、審判にも不服を抱き暴言を吐いたため、1ゲーム敗北のペナルティが課せられました。一方大坂選手は、これまで試合中に怒って敗北したことを心に留め、怒りを静めて戦っていたという。この冷静さが、二人を分けていたように思います。聖書は「怒りをおそくする者」の祝福をたくさん書いています。「怒り」が頭をもたげる時、ぐっとこらえる、そういう生き方の大切さを今回のテニスの試合結果は教えてくれたように思います。主に祈りつつ、怒りという魔物に勝利をして歩みたいですね。

磯部豊喜

千葉県教会音楽祭 第50回記念大会 (南北合同) 9月17日(月・休)

千葉県教会音楽祭 第50回記念大会(南北合同)

☆日時:2018年9月17日(月・休)  受付・開場11:30 開会礼拝12:00  ♪演奏交歓12:45

☆場所:千葉市民会館       入場無料(自由献金あり)

●事務局:日本キリスト教団西千葉教会 HPアドレス:http://park1 7.wakwak.oom/~nishichiba
●問い合わせ:西千葉教会 ■L043-251-6016 メールアドレス:nishichiba@ad.wakwak.jp

みことばの花 180909「恵みの福音」

みことばの花180909「恵みの福音」

「しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。」(使徒20:24)

上記のみ言葉は、昨日教会で瞑想した感動の聖句です。どの部分をとっても私の心にぐっと迫ってきます。①「自分の行程」というのは、「自分の決められた行程」と別訳にありますので、パウロがイエス・キリストに出会ってから神様が自分に与えてくださった人生の行程を指していると思います。②「神のめぐみの福音」は、彼がお会いする方々に伝えたメッセージ。「恵み」とは、受ける価値のない人に与えられるものです。また「福音」とは、罪と死から救い、かわって永遠のいのちを私どもに与えてくださるイエス・キリストそのお方を指しています。③「このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない」は…すごい!パウロはかつてキリスト教を撲滅しようとしていた先鋒(せんぽう)でしたが、復活のキリストに直接に出会い、全く人生が変えられた人。滅ぼされて当然の自分を主は見捨てることなく受け止めてくださったという感動がこの言葉にみなぎっています。私も少しでもこのパウロの言葉のように生きることができたら幸いと思いました。今日も主の守りがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 180908「主の名を呼ぶ」

みことばの花180908「主の名を呼ぶ」

「すべて主の名を呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。」(ヨエル 2:32)

讃美歌の中にこういう歌詞のものがあります。「①主のみ名を呼ぶ者はみな救われます。主のみ名を呼ぶ者はみな救われます。ああー主イエス、ああー主イエス、みな救われます。ああー主イエス、ああー主イエス、みな救われます。②イエス様は我が力イエス様はちから、イエス様は我が力イエス様はちから、ああー主イエス、ああー主イエス、イエス様はちから、ああー主イエス、ああー主イエス、イエス様はちから、、イエス様はちから」。「主の名を呼ぶ」、これが救いの鍵、永遠の天国の鍵です。また次の言葉も合わせて覚えておきたい。「しかし、神のゆるがない土台はすえられていて、それに次の句が証印として、しるされている。『主は自分の者たちを知る』。また『主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ』」(Ⅱテモテ2:19)。「すべて主の名を呼ぶ者は救われる」、それゆえに「主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ」となるのでしょう。今日は聖なる安息日。主の御心をたくさん求めたいと思います。

磯部豊喜