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みことばの花 180612「立ち帰るために」

みことばの花180612「立ち帰るために」

「後の日になって、あなたがなやみにあい、これらのすべての事が、あなたに臨むとき、もしあなたの神、主に立ち帰ってその声に聞きしたがうならば、」(申命記 4:30)

おそらく多くの宗教は、苦しみや悲しみ、病気やすべての不幸に思えることは、生前から定まった因縁(いんねん)だからあきらめよ…と教えていると思います。ところがキリスト教は聖書の言葉を通して、苦難や試練、病とか死は、神から離れた結果であると共に、神様はそれらを通して人間本来の立ち位置に戻るように教えます。人間本来の立ち位置とは、神様と向きあって歩む生活です。上記の聖句にも「なやみ」とか「すべての事(歓迎したくない事)」は、「あなたの神、主に立ち帰る」という機会が開かれることを伝えています。悲しみや苦しみなどは皆罪の結果であるけれども、反対にそういうものを通して神は、もう一度神に立ち帰る道を用意しておられるというのです。続く聖句には「あなたの神、主はいつくしみの深い神であるから、あなたを捨てず、あなたを滅ぼさず、またあなたの先祖に誓った契約を忘れられないであろう。」との約束があります。悩みとか苦しみの「るつぼ」の中にも、主の優しい御顔(みかお)がある。今日も主の恵みがありますように。

磯部豊喜

※「るつぼ」=金属をとかすのにつかう壷

みことばの花 180611「悲しみの人」

みことばの花180611「悲しみの人」

「彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。」(イザヤ 53:3)

今日も讃美歌を書かせていただきます。「①身に負いえぬ 悲しみは 深くうずめん ほかぞなき  はやくゆきて ほうむれよ 負いなやみし 汝(な)がおもに」、「②なさけふかき イエス君(きみ)は 汝がかなじみ 知りたもう はやくゆきて 告げまつれ こころのやみ とく晴れなん」、「③こころのやみ はれもせば なおなやめる 世のひとに はやくゆきて 知らせよや すくいぬしの みめぐみを」(旧讃美歌523番)。これは私の好きな讃美歌の一つで、かつてよく口ずさんでいました。私たちの悲しみは、どこにもって行けば良いのでしょう。悲しみを持っていく場を、持っている人は幸いです。それは「悲しみの人」(イエス・キリスト)です。誰よりも人の悲しみを知っているお方は、私どもの悲しみを理解してくださいます。悲しみに包まれるとき、このお方のもとへ告げ知らせましょう!私の悲しみは必ず癒されます。主の恵みが今日もありますように。

磯部豊喜

みことばの花 180610「低くされること」

みことばの花180610「低くされること」

「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう。」(マタイ 23:12)

讃美歌に「①主よわれをば とらえたまえ さらばわが霊(たま)は 解き放たれん わがやいばを くだきたまえ さらばわが仇(あだ)に 打ち勝つをえん」、「②わがこころは さだかならず 吹く風のごとく たえずかわる 主よみ手もて ひかせたまえ さらば直き道 ふみ行くをえん」、「③わが力は よわく乏し 暗きにさまよい 道に悩む あまつ風を おくりたまえ さらば愛の火は 内にぞ燃えん」、「④わがすべては 主のものなり 主はわがよろこび また幸なり 主よ聖霊(みたま)を 満たしたまえ さらば永遠(とこしえ)の 安きを受けん」(旧讃美歌333番、希望の讃美歌383番)。①~④のどの歌詞も心にズシンときます。人生はガラスのような海をスーと流れるように進めばどんなに良いかと思いますが、嵐があります。特に激しい嵐は心の中に襲う嵐。この嵐の意味を考えてみました。上記の聖句にあるように真に高くされるために「低くされる」嵐があるのでは…。であれば嵐も大きな役割を持っていることになります。今日も主の守りがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 180609「平和のきずな」

みことばの花180609「平和のきずな」

「平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように努めなさい。」(エペソ 4:3)

絆(きずな)というのは素敵な言葉です。国語辞典には「断とうにも断ち切れない人の結びつき」とあります。一度、結ばれた絆は出来る限り断ち切らないようにしたいものです。夫婦の絆、親子の絆、友と友の絆…いちど築かれたものは本来とても尊いものです。浅い絆になるのか深い絆になるのかは、当人の心がけ次第でしょう。聖書には、「絆」に加えて「平和の」が加えられています。「平和の絆」を築くことができたら素晴らしいです。そのためのキーワードは、続く言葉に見られます。「聖霊による一致を守る」…換言(かんげん=他の言葉に言いかえると)すれば、「神様を生活の中心にお迎えして、心を一つにされるように努力し、互いに仲良く暮らす」となるでしょうか。神様とまず一つになること、そして人と人の間が一つになることは切り離して考えられないことだと思います。今日は第七日安息日、神様と一つになれるチャンスの日です。キリストの愛に触れて、「平和なきずな」作りの一週間生活のスタートを切りたいと思います。ハッピ、サバス!

磯部豊喜