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みことばの花 180722「賜物」

みことばの花180722「賜物」

「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。」(ローマ 6:23)

聖書の教えの中で一番おそろしいもの、それは「罪」です。罪とは命の主である神様と関係が壊れている状態です。そして「罪の支払う報酬は死」。無知なために神を愛の神として受け止められない人がいます。しかし間違いなく神は愛です。この世界にはあまりにも悲惨なことが多すぎます。それで「神は愛ではない。神が愛ならばどうしてこんな悲惨なことが起こるのか」とその愛を疑うのです。ですが神様の愛はすでに証明されています。それは愛する独り子を、罪を犯した地球に遣わしてくださった。しかも御子キリストが十字架にまでかかって死んでくださった。この神の賜物(プレゼント)なるキリストを私の救い主であると信じ受けとめる時に、私に永遠の命が始まります。これは約束です。今日もこの神様の愛の約束をしっかりと受け止めて過ごしたいと思います。

磯部豊喜

みことばの花 180721「安息の後に復活がある」

みことばの花180721「安息の後に復活がある」

「そして帰って、香料と香油とを用意した。それからおきてに従って安息日を休んだ。」(ルカ 23:56)

イエス・キリストを信じていた人々の行動がここに描かれています。その日は、彼らにとっても心の重い金曜日でした。愛する主が十字架にかかって眠りにつかれたからです。主が亡くなられて迎えた日が、第七日安息日(今日の金曜日の日没)。これまでの神様を賛美して過ごした安息日に比べると、これほど暗く悲しい安息日はあったでしょうか。ところがこの安息日直後の週のはじめの日(日曜日)の朝に何が起きたか。人生の常識を覆す、驚くべき出来事が起きました。それは主の復活です。安息日は、深い意味において、人生をストップする日です。そして人生をストップした次の日に、新しい人生が始まります。それは復活の日です。安息日に主の十字架の恵みを体験した後、復活の恵みが用意されている日。安息日には、人生の重荷を神様におまかせしましょう。それらはそこで死ぬのです。死ぬので復活がある。死と復活のパックが、「安息の後に復活がある」…という恵み。この主の恵みに触れて第七日を過ごしたいと思います。ハッピ・サバス!

磯部豊喜

みことばの花 180720「信仰は前に進むこと」

みことばの花180720「信仰は前に進むこと」

「もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。」(ヘブル 11:15)

旧約聖書の創世記の中に後ろを振り返ったために、塩の柱になったロトの妻の話があります。身体は前に進んでいるのに、心は滅亡の町ソドムに残っていた女性の悲しい末路が描かれています。これとは正反対の進み方をした人がいます。それはアブラハムという人です。アブラハムは親族のいるカルデアのウル(現在のイラクにあった町)から神様の示されるまま、遠いカナン(主として現在のイスラエル)まで歩を進めました。以来、彼は一度もふるさとに戻っていません。慣れ親しんだ土地を離れるのは、勇気のいることです。しかし彼は、未知の地でしたが、神の示された土地を目指しました。これは彼の心の土地にも言えることです。信仰とは神様の愛と教えの道に従っていくことです。そして従ったら、後戻りはしない。そのような生き方によって、アブラハムは「神の友」(ヤコブ2:23)と呼ばれるまでになったのは実に教訓的な気がします。「手をすき(鋤)にかけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくないものである」(ルカ9:62)ともあります。今日も主の導きがありますように。

磯部豊喜

みことばの花 180719「猛暑」

みことばの花180719「猛暑」

「第四の者が、その鉢を太陽に傾けた。すると、太陽は火で人々を焼くことを許された。」(黙示録16:8)

「今年の夏は例年よりも暑いかもしれない」と私は予想していました。なぜかというと、今年の冬は、とても寒かったからです。「極寒の冬の後には、猛暑がやってくる」という過去の事例があります。先ほどラジオで「命に危険な暑さなので、気をつけましょう!」との言葉が聞かれました。昨日、岐阜では40℃を越えたといいます。この猛暑を思っていましたら上記の黙示録にある聖句が浮かびました。これは終末的な出来事の予告の一つです。「太陽は火で人々を焼くことを許された」とある。このような出来事をどのように解釈するのか。「人々は、激しい炎熱で焼かれたが、これらの災害を支配する神の御名を汚し、悔い改めて神に栄光を帰することをしなかった」と続きます(9節)。人は苦しくなると神様のせいにしたくなります。しかし災害をもたらす原因は、自然破壊を進める人間が作り出しているのかも知れません。苦しい時、いかに生きるかで人の立っている位置が分かるという。人生の猛暑の中にあっても主の恵みがあることを覚えて過ごしたいと思います。

磯部豊喜