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みことばの花 191216「祝福①」
みことばの花 191216「祝福①」
「神はこれらを祝福して言われた、『生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ』。」(創世記 1:22 口語訳)
昨日「口を閉ざす」ことについて触れましたが、口がついている限り、語ることが人には許されています。
問題は「何を語るか」でしょう。
「人を呪う言葉」などはもっての他ですが、どんな言葉を発したらよいのか…と瞑想しました。
その時に上記の聖句が頭に浮かびました。
これは「祝福」という単語が最初に聖書に出てくる箇所。「祝福」の言葉は、神様が大好きな言葉に違いない。
人を引き下げたり、人を傷つける言葉がこの唇からもれないようにしたい。
むしろ「祝福を語る」者になりたいものです。
「憎しみのあるところには愛を、非道のあるところにはゆるしを、疑いのあるところには信仰を、暗闇のあるところには光を、悲しみのあるところには喜びを…」はアシジの聖フランシスの言葉。
これに「呪いのあるところには祝福を…」を加えたいと思うのです。
磯部豊喜
みことばの花 191215「くちびるを閉じる」
みことばの花 191215「くちびるを閉じる」
「愚かな者も黙っているときは、知恵ある者と思われ、そのくちびるを閉じている時は、さとき者と思われる。」
(箴言17:28 口語訳)
人が一番墓穴を掘る時というのは、どういうときでしょうか。
おそらくそれは「しゃべりすぎる」ときだと思います。
「口がすべって」大臣を失職する人もいます。
人生のトラブルの多くは「言葉のやりとり」からくるようにも思われます。
さて、上記の聖句は実に興味深い言葉です。
「愚かな者も黙っているときは…」とあります。確かに語り始めると「中身のなさ」を披露してしまうことがあります。
そういう失敗をしないためにも「沈黙は金」でしょう。
ですが「知恵ある者と思われる」ために、全員が「沈黙厳守」をしたら物事は進まない。
まずは「しゃべりすぎない」を心掛けたい。
磯部豊喜
聖句カード(「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。(マタイ24章36節 新共同訳))
今週のお花(12月14日)(ブルーアイス、バラ、バラの実、ユリ、カーネーション、スカビオサ、ルスカス、サンダーソンヤ、オーニソガラム)
みことばの花 191214「実践の難しさ」
みことばの花 191214「実践の難しさ」
「あなたがたは、きっと『医者よ、自分自身をいやせ』ということわざを引いて、…」(ルカ 4:23 口語訳)
牧師は因果な商売だと思うことがあります。
なぜかというと人に教えることが多い。
人に教えるということは、自分自身にも教えなくてはならないのです。
これは牧師にではありませんがこんな一文を見ました。
「たばこや酒を飲んで心身も心も破壊した人が大勢医者の世話になりにくる。
自分の責任に忠実である医者は、こうした患者にその苦しみの原因をしめさなければならない。
しかし、もし医者自身が、たばこや酒を飲んでいたら、その言葉にどれだけの価値があるだろう。…」
(ミニストリーオブヒーリングp104)
言うことと行うことが一致することは大いなる目標。
今日は第七日安息日、実践の難しさを覚えつつも、牧師の働き(説教)をする者がここにいます。
磯部豊喜

