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みことばの花 190417「穏やかに信頼する」

みことばの花190417「穏やかに信頼する」

「主なる神、イスラエルの聖者はこう言われた、
「あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る」。
しかし、あなたがたはこの事を好まなかった。」(イザヤ 30:15)

「自暴自棄の歩みに気をつけよ。明日を待ちさえすれば、最悪の日は過ぎ去るのだ」という言葉があります。
「キリストはあなたの誘惑の力と、これに抵抗するあなたの力をご存知です。
キリストの御手は、悩める一人一人のために、やさしい哀れみの中に、いつも差し出されています。」
(以上、「青年への使命」p90からの引用)。
神の哀れみの御手は決して疲れないので、「穏やかに信頼しているならば力を得る」と、
主は私どもの心に語り掛けてくださっています。
主を信頼することを好まない生き方は避けなくては…と教えられます。

磯部豊喜

みことばの花 190416「試練という役割」

みことばの花190416「試練という役割」

「わたしの兄弟たちよ。
あなたがたが、いろいろな試錬に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。」(ヤコブ 1:2) 

このような素敵な言葉に出会いました。「試練にあうこともあるでしょう。
しかし神は、その試練を通して、あなたの品性の粗野なところをみがいてくださるのです。
ぐちを言ってはなりません。ぐちは試練をいっそう苦しいものにします。…重荷に辛抱強く耐えなさい。
人から悪いことをされても、心の中に神の愛を持ち続けなさい」(青年への使命p89)。
ここに人生の試練を豊かに乗り越える秘訣が書かれているような気がしました。
試練に対して、「あ~いやだ!」と言ってその渦中に自己を埋没させるのではなく、
試練をわたしの成長を助けてくれる人生の教科書だと受け止めてみる。
この学科は、おそらく何物にも替え難きものになるに違いないのです。
主の守りが今日もありますように。

磯部豊喜

みことばの花 190415「自己否定(じこひてい)」

みことばの花190415「自己否定(じこひてい)」

「人よ、彼はさきによい事のなんであるかを/あなたに告げられた。
主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、
へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。」(ミカ 6:8)

昨日の「自己肯定」とは真逆表現ですが、「自己否定」ということも瞑想したい。
自分の存在は肯定(こうてい)し、わがままな自分は放置しない。
これを「自己否定」だと私は理解しています。
みことばはこれを「へりくだり」と語ります。
へりくだって、今日も主と共に歩みたいものです。

磯部豊喜

みことばの花 190414「自己肯定」

みことばの花190414「自己肯定」

「こうして、あなたは安らかに自分の道を行き、あなたの足はつまずくことがない。」(箴言 3:23)

今朝、心の温められる一文がありました。
「おかあさんのせなか」という寄稿文ですが、タレントの副島淳さんの記事です。
淳さんの母は、19歳で未婚のまま彼を産みました。相手は黒人系の米国人。
小学校4年生の時に同級生からからかわれるようになり、
自分が他の子どもと違うことを知り、
「なんで僕を産んだの?」「お父さんはどこにおいるの?」と母に怒りをぶちまけたという。
「そんなの知らないよー」が母の応え。
いじめられていたとき、母から「周りと違うことはいつか武器になる。
みんなに注目されて、キャーキャーって、言われるようになるよ」。
こういう母に育てられ、彼は今その個性を生かしているようです。
みことばに「安らかに自分の道」を行きなさい」とある。
自己肯定は、人生につまずかないエネルギーとなると教えられます。

磯部豊喜