みことばの花 180421「祈る人のそばに」

みことばの花180421「祈る人のそばに」

 あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。」(マタイ 68-9

このところを読むと、変な疑問が生じます。「神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである」。ここまでは良い。このあと「だから、こう祈りなさい」。そしてこれから続く、祈りの言葉を見るとき「わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください」と求めるようになっています。へそ曲がりな私は、この言い回しに矛盾を感じる。求める前から必要を知っておられるならば、祈らなくてもいいのではないかと。「だから、祈れ」と言わる真意は何か。何度も何度も、他の訳の聖書も開いてみましたが、同様の表現。「あなたの神様は、あなたの必要なものを知って応えてくださるお方だから、その必要を訴えてご覧なさい」ということのであろうか。そのように読めば、何となく分かる気がします。大切なことは、私の必要を包み隠さずに、神様に祈ること。これに帰する!今日は第七日安息日、創造の神様を覚えて、祈りのテーマをどっさりと教会へ持っていこうと思います。

 磯部豊喜

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